転任してきたばかり、もしくは新任の教師には、古株の教師が嫌がるような校務分掌やクラブ活動、問題児の多いクラス担任が押しつけられることはままあることだ。
ひいひい言いながら数年のたうつと、新たな犠牲者が配属されてやっと放免されるという事の繰り返し。
姑の嫁いびりみたいなもんだし、もう半ば伝統行事だね、うんーと新任の初々しさとはとうに無縁の転任者、坂田銀八は諦め半分で全てを受け入れようとしていた。

校務分掌は生徒との攻防に明け暮れることが火を見るより明らかな面倒くさい生徒指導部。
クラブ活動は、土日も休めないような運動部。
しかも雨で中止など有り得ない上、けが人続出決定のラグビー部。
加えて国語教師だからと言う理由で、文芸部との掛け持ち。
更に、進路指導がついてまわる三年の担任というフルコース大盤振る舞いだ。

いいよいいよ、おれ若いし。
これまで通り適当に手抜きしながら1年保てばいいんだし…と新年度直前の職員会議前に発表された各教諭の担当割り当て一覧を見た時の銀八は、確かにそう思っていた。

でも、でもよ、これは酷くね?
いじめですか、このやろー?
はじめておのれがこの先1年担任することになった3年Z組の教室に一歩足を踏み入れた銀八は、微かな眩暈がするのを覚えた。

「はじめまして、おれが担任です」

予鈴がなり、朝のSHRの始まりを告げているというのに、Z組の生徒誰一人として席に着いていない。
銀八自身も、その手の生徒だった過去があるので、そんなのは気にもしない。
気になるのは、その生徒たちの個性の「濃さ」が一目瞭然なところだ。

始業式や着任式で挨拶はすんでいるとは言え、教室で受け持ちの生徒たちと顔を合わせるのは今日が初めて。
銀八なりに初々しい気持ちで臨んだというのに、生徒たちときたらそんな殊勝な心持ちの者は誰一人としていないと見え、各自おのれの世界だけで生きているような有様だ。

自己完結している奴はいい、殻に閉じこもってる奴もOKよ、おれ心広いから。
でも、担任の姿を目にしながら、着席するそぶりもなく私闘や私語を延々繰り広げているって、おまえらどんだけおれ様揃いなの?

「おーい、とにかく席つけぇ!まだ決めてねぇし、五十音順だと時間がかかるから、テキトーでいいぞぉ!」
まともに相手をするのを一目で諦めた銀八は、それでもなんとか生徒たちを席に座らせ、出席をとろうと点呼を始めた。

銀魂高校は混合名簿で、銀八の時代とは違い男女で分けられてはいない。
だから、場合によっては出席簿の名前を見るだけでは男子生徒か女子生徒かの区別がつかないこともある。
それはいい、時流の流れだ。
しかし、「キャサリン」だの「神楽」だのってなによ?
聞けば留学生だという。
もちっとマシな所に留学しやがれ、という言葉は呑み込んで、点呼を終えた。
新学期早々無届けで休んでいる不埒な奴もいたが、それよりは目の前の連中だ。
すでに何人か要マークの生徒を銀八はしっかり心に刻んだ。

まずは、生徒指導部として一緒に仕事をすることも多くなるはずの風紀委員共。
近藤は、あごひげを蓄えているおっさんくさいところをのぞけばまずます話は通じそうな気配。
さっき、なんで志村(姉)に殴られていたのかは後で確認する、と。
土方は、なんとなく同族嫌悪的なものを感じてちょい扱いにくそうだ。
沖田は、可愛い顔をしているが、こういう奴に限って腹の中が真っ黒だったりして、それはそれで面白そうだ。
さっきは留学生の神楽とバトってたが、ありゃどう見てもマジだったね。
殺す、みたいな?
やべぇ、やべぇ。
今はなにが面白いのかチェシャ猫みたいにニヤニヤ笑ってやがる。

一方、その生徒指導のお世話を一身に受けそうなのが高杉晋助。
なぜか片方の目を包帯で覆っている。
目を包帯で覆うこと自体は風紀に違反しているわけではないが、意図がまったく分からない。
そのセンスがなんだか気持ち悪い。
机の上にそろばんが出てるのも不自然だ。

ここは商業科じゃねぇぞ?

それともう一人。
こちらは両目を覆っている。
サングラスで。
どこの芸能人ですか、コノヤロー?
これはいいのか?

風紀委員的に問題ないんですか?
おれ、転任してきたばっかでよくわかんねぇけど、それまずくね?
名前は長谷川泰三。
こいつも髭を生やしてやがるし、眉を短く剃ってやがる。
どんな十代だよ、テキ屋かおまえは!

女子にも<濃そう>なのが目立つ。
なんでこんな所に留学しているのかが全く解らない神楽。
点呼を取り始めた時からずっと、もう弁当を喰ってやがる。
しかも教科書とかで隠そうともしていない。
度胸がいいのか、馬鹿なのか、あるいは両方なのかもしれねぇ。
そもそも「言葉」は通じるんだろうな?
日本語、というか人としての言葉がよ。
そして、志村妙。

結構綺麗な顔をしてはいるが、どうみても腹に一物タイプだよ、あれ。
先生、だてに今まで色んな女の人とつきあってきたわけじゃねーですから。
R> もう、騙されねぇよって………いやいや、違う違う、そうじゃねぇ。
近藤に見舞ってたパンチは本物だったよ、おー怖ぇ。
んで、キャサリン。

これ、人類じゃないよね?
なに、これ。
高校生云々以前に存在が謎だよ。
なんかもうただのUMAだよね?

この、公子…いや、ハム子だよね、これ?
おれ国語教師なのに漢字とカタカナ間違ってましたーみたいな?
あ、やっぱ公子だわ。
嘘だよね、ハム子の方がいいよね、この子。

ああ、クラスの可愛い女生徒とどんどん親密になって、卒業後は大人のおつきあい、みたいな?
そんなおれのロマンをどうしてくれるんですか!
確かに、今までの教師生活でそういうおいしい目にあったことなんてないですけどぉ。
このアバウトそうな銀魂高校でなら、ひょっとしてって思ったよ、おれ。
思うくらい許してよ、ちょっとくらい夢見させてくれたっていじゃない!
なのに、なにこの仕打ち?
この先のおれの貴重な1年を今すぐに返しやがれこのやろー!と教卓に突っ伏し、衝動的に髪をかきむしりそうになった銀八に「遅くなりました」と申し訳なさそうな声が聞こえてきた。

顔を上げると、遅刻届の紙。
まだ授業も始まってねぇのに、結構細かい学校だな、とめんどくさく思いながら紙に手を伸ばした時、はじめてその生徒が銀八の目に入ってきた。

学ランを堅苦しいまでにきっちり着こなした、今時少女漫画でも流行らねぇほどロングヘアーの男子?(多分)生徒だ。
いっそセーラー服の方がキャサリンより、いや、クラスの女子の誰より似合うかも知れねぇほどの美人さん。

「あー?」
「桂です」
「ああ、やっぱその髪ヅラ?」
「違います、そんなこと言ってません。開口一番そんな告白する人なんていませんよ!」
ちょっと気分を害したのか、口を小さく窄める様がちょっと可愛らしい。
少しどぎまぎしながら、カツラって、さっき自分で言ったじゃねぇか…と言うと、

「桂は名前です」とキッパリ答えた。
ああ、そういや無断欠席の奴がそんな名前だっけ、と思い出した。

「そっか、桂ね」
「はい、桂です。桂小太郎。新学期早々、遅刻して申し訳ありませんでした」
それだけを言うと、紙を銀八の手に押しつけてさっさと空いている席に座ってしまった。

へぇ、桂小太郎ね。
男だけど、すっげー綺麗な子じゃん。
このクラスにはもったいないくらい真面目そうだし。
あんだけ綺麗なら美少年も悪くねぇ。
ひょっとして、やっとおれにもちょこっと運が向いてきたかな?

さっきより随分上機嫌になって、良い気分で1限目の授業に向かおうと出席簿に遅刻届の用紙を挟み込んだ銀八の手がぴたりと止まった。
そこにあるはずもないものが目に入ったような気がして、もう一度しっかり桂から渡された紙を見直した銀八は、その場に凍り付いた。

それにはー

遅刻届:3年Z組?番 桂小太郎 と几帳面そうな字ではっきりと書かれており、そして、その次の行、遅刻理由の項には 「ペットのエリザベスと朝の散歩をしていたら…」という書き出しで始まる物語らしきものが、ペンギンもどきの稚拙なイラストと共に、裏にまでびっしりと書き連ねてあったのだ。

……ひょっとして、これ、書かなかったら遅刻なんかしてなかったんじゃね?
なんの為に書いたんだ?

ああ、誰かおれを今すぐ停学にしてくれねぇかなぁ…。

銀魂高校での初授業の前に、早くも保健室に駆け込みたくなった銀八だった。


戻る