「陽氷」2
6月1日。
もう梅雨入りしてるってーのに朝からカンカン照りなのはどういう訳?
二日酔いにはお天道様がまぶしすぎるぜ、なんて目をしょぼつかせながらおれは緊張気味の中村を従えて朝のHRに出撃。
ほら。
聞こえるよね?
なんで朝からあんなにテンション高いのよ?ってぇくらいの賑やかな声が渡り廊下まで響いている。
きっと自分たちのクラスに世にも珍しい教育実習生が来るというので興味津々。
んで、興奮が更なる興奮を呼び教室内は阿鼻叫喚の…って、
自分でもマジで国語教師化よ?
と疑いたくなるような頭の悪い形容。
やべぇ。
今日は一応模範授業を見せるんだから、ちっとは緊張しねぇと。
「おーい、朝から五月蠅すぎますよおめぇら。ここは動物園ですかコノヤロー!」
「ゴリラが一頭いるだけでは動物園とは言えないんじゃないでしょうか、先生?」
朝一の担任と生徒の会話がこれだ。
他は推してはかるべきだよ、中村センセ。
「取りあえずゴリラもUMAも含めて出席とんぞー、席に着けや」
一応、素直に席に着く面々に中村は好奇の目を向けている。
が、それはお互い様。
生徒も同じように中村を見ている。
誰もおれの事なんて見てやしない。
気楽で結構。
「あー、出席を取る前に、紹介しておく。今日から2週間の予定で内のクラスで授業をする教育実習生の中村先生だ」
おれは中村先生に教壇に上がるように手招きし、中村京次郎先生と板書した。
「じゃ、先生に挨拶して貰うからな。静かに聞くように!」
こいつらが静かに?
あり得ねぇ、と思いつつもおれは中村先生一人を残して教壇を降りた。
みんなと一緒に先生の話を聞こうと、一番前に座っている生徒と同じ並びに立ち、黒板の方を向く。
彼は、いきなりの指名にも動じた風もなく、堂々と話し始めた。
「初めまして、今日から教育実習でこのクラスを担当する中村京次郎です」
やっぱりよく通る気持ちの良い声だ。
こいつの声、教師向きだわ。
でも、この順調な滑り出しがいつまでもつかなこのクラスで。
「先生!」
ほうらな。
こうやってすぐにちゃちゃが入るのがZ組のデフォなわけ。
予想通り先鋒は神楽。
「先生はどうしてこんなところに来てしまったんですか?」
こぉら、まがりなりにも今自分の通ってる学校をこんなとこ呼ばわりはないでしょ(おれは言うけどな)。
しかもここ、こいつの母校だからね!
「人生という道に迷ったんですか?」
てめ、長谷川!
まだ中村先生が答えてないでしょ!
てか、迷ってるのはおまえ!
「そりゃ、困りやしたねぇ。土方、ちゃんと責任とって中村先生に謝りやがれ」
「なんでだぁー!?」
沖田ぁぁぁ!
お前もなにちゃっかり神楽のペースにのっかってんの?
そりゃ、土方だって困るだろうが!
中村先生だって困ってるからね、これ。
「トシ、まあそう言うな。ここは一つ中村先生のために男らしく詫びようじゃないか。中村先生、本当にすみませんでした!」
近藤、おまえは馬鹿なの?
え?
本当に馬鹿なの?
「謝られるのはむしろあたしたちのほうですよ。こんなド素人の授業うけてやるんだから、迷惑料よこせや、こら」
キャサリン!それを言うなら、まずお前みたいなのを預かってる預かり賃をおれが要求したいわ!
「冗談はその顔だけにするね」
「んだとぉ、小娘がぁ!」
はじまったよ、神楽VSキャサリンの留学生バトル。
このクラスじゃ志村姉VS近藤並にお馴染みの光景だ。
ああ、あと沖田VS神楽とか。
やれやれ、やっぱこいつらにはよそ行きの顔はできねぇか。
五分ももたなかったよね。
中村先生も気の毒によ、とおれが思うのも当然だろ?
なのに、違ったんだよな。
先輩教諭として同情の籠もった眼差しで慰めてやろうと思ったのは余計なお世話。
中村先生は”ほたえる”ガキ共を実に楽しそうに眺めている。
大物だよ。
度量広いわ。
スゲー感心する。
でもよ、放置するだけなら誰でも出来んのよ。
ちゃんと注意するときは注意しねぇと教師とは言えねぇ。
しやぁーねー、ここは担任の出番。
「はぁーい、てめぇら…」
「てめェら、ええかげん静かにせぇや!」
いきなり轟くような中村先生の一喝が教室中に響いた。
振動で窓ガラスが割れるんじゃねぇかと、さすがのおれもちょびっと心配しちまったくれぇに。
豪快な一発に、目を見開いて自分の方をガン見しているガキ共の顔を一人一人見回すと、中村先生は「じゃあま、二週間よろしく頼むわ」とだけ言ってニコリと笑うと一礼した。
毒気を抜かれた生徒たちがつられたように頭を下げるのが面白い。
わー、やっぱ中村先生ってば夜四死苦系?
どっちかっつーと教師っつうより調教師向きじゃね?
つまり、3Zにはおあつらえ向きってことだが…。
ともあれおれがもう一人、とんでもないー今度は大の大人だがー爆弾を抱えることになったのは間違いない。
やーれやれ。