北原白秋が「桐とカステラの季節」と詠んだ五月。
おれはカステラも好きだが、どっちかってーと漱石と同じく羊羹派だ。
ま、どっちも口に入れる分には大歓迎ですがね。
しっかし、国語の教諭が言っていいことじゃねぇかもしれねぇけどよ、詩人の感性ってのは解らねぇ。
なんで5月がカステラの季節なんだかね。
おれにとっちゃ、ただの五月病の季節でしかねぇよ。
「5月は桐とカステラの季節」
世間では何連休だとはしゃいでいるGWだが、そんなもん、学校関係者にとってはなんの意味もねぇ。
おれらはカレンダーに忠実に仕事に励む。
それどころか、一般企業様に比べてはるっかに少ない祭日を、高校総体いわゆるインターハイ出場をかけての前哨戦などに費やさねぇといけねぇ。
年度初めにラグビー部の顧問に決定し、テンションが下がっちまったが、幸い文芸部との掛け持ちと言うことで、与えられたのは第三顧問というしょぼいポジションだった。
おかげで、試合に顔を出す必要はなく、とぎれとぎれとはいえ連休をそれなりに楽しみはしたが、問題はその後だ。
そう、GW明け。
長期休暇ー特に夏休みー明けと並んで、五月病による不登校や不良化が目立ち始める時期。
3Zの脳天気な奴らに限ってそりゃあねぇなと思いながらも、おれは一応人並みの心配はしながら連休明け初のHRに向かう。
「よーし、おめぇら席に着けぇ」
相変わらずギャーギャー五月蠅ぇ連中だが、教室が静まりかえってるのも不気味だ。
それ位なら騒がしい方がガキらしくていい。
ざっと見渡すと、高杉以外は登校している模様。
あいつは出席日数が足りなくて卒業できないなんて無様な真似はしねぇタイプだ。
その内気が向いたら出てくるだろう。
結構、結構。
「おめーら、連休中、なんか変わったことなかったか?大丈夫か?」
担任としての常套句。
こいつら相手とはいえ一応吐いておく。
「はい、せんせい」
いかにも平仮名で呼んでいますーという風に神楽が手を挙げておれを呼ぶ。
「なんだ、神楽ぁ?」
「桂君のズラが蒸れて頭皮が汚れてます」
ぐるぐるとんぼ眼鏡の奥の表情は見えないが、手にもったウィンナー付きフォークを隠そうともせずに落ち着いた口調で言いやがる。
どこがおまえの連休中の様子だよ!
全然関係ないよね?
しかも早弁にしても程があるよね?
もう慣れたけ・ど!
「そうかー、ヅラ、ズラを取れ!」
おれは仕方なしに神楽の軽口にのってやる。
これも「おはようございます」「おう、おはよう」位の日常会話だ。
桂も、神楽に一目置いていて、リーダーと訳の分からない親しみ方をしているのを知っているからこそ出来るノリだ。
さもなけりゃ、「失言→傷心→登校拒否→責任問題」という公式(?)が頭を去来するところ。
「取れません。禿げてません!」
案の定、ごく冷静に返してくるヅラ。
慣れてるよね、君ももう。
にしても久し振りに見るヅラ君は相変わらず無愛想だけど、やっぱ綺麗だよねー、うん。
ちょっと心が和んだ、おれ。
「先生」
次は沖田。
こいつは何かというと神楽に対抗してきやがる。
「あんだ?」
「頭皮が汚れているのは土方君の方です。多分、朝からマヨネーズでセットしてきやがったんでさぁ。気持ち悪いんだよ、死ね土方このやろー」
はいはい、これまた連休に関係ないよね?
しかも最後の方ただの命令というか願望だよね。
「誰がだぁ?」
<誰が>の<だ>、にアクセントを置いて土方が沖田に凄んでみせる。
こういう単細胞、おちょくり易いよね、沖田君。
わかるわかる。
けど、土方はその一矢で満足して、それ以上沖田を追及することはあまりない。
若いのに案外淡泊だ。
「いい加減にせんか、みんな!先生はおれたちに連休中の様子を尋ねてるんだぞ!」
おっと、男気いっぱいの近藤君。
こいつ、こういうとこだけ知ってたら、ヅラじゃなくてこいつが学級委員長ってとこなんだろうけどね。
「先生、おれはちゃんと観察日記書いてました!」
は?
馬鹿か。
夏休みと間違えてやがる。
「連休中、ずっと観察してましたがお妙さんには異常ありませんでした!」だと。
命知らずな告白ありがとう。
や、別に役に立ってないけどね。
おめぇらしいわ。てか、絶対そうだと思ってたよ、おれ。
観察日記って言った時からオチ見えてたよ。
教室中に響き渡るストーカーゴリラの悲鳴と、それをあげさせているメスゴリラの暴力行為も日常茶飯事なので見て見ぬふり。
そろそろ点呼をとってお終ぇにするか、と思ったところで、珍しい奴が手を挙げた。
志村、弟。
わ、珍しい。
おれ、こいつが手を挙げるとこ初めて見たわ。
てか、こいつが発言するの、初めて聞くかもーってどんな担任だよ、おれ!
「先生、連休中にあった変わったことを報告すればいいんですよね?」
え?
おれそんなこと言った?
変わったことがなかったかーってそう言う意味か、普通?
怪我したり病気になったり、事故ったりとかしてねぇですよね?
お変わりないですよね、君たちは!って確認じゃね、普通?
そんなんだからおめぇら現国の成績悪ぃんだよ。
理解力なさすぎだろうが。
唖然とするおれをよそに、志村弟は一人興奮気味に話し始める。
「実は、先日姉上に頼まれて買い物に行ったスーパーで、桂君のペットのエリザベスさんに会ったんです」
出たよ、エリザベス。
毎日ヅラと登校してくる謎の存在。
神楽やキャサリンとは又ひと味もふた味も違うUMAの親玉みたいな奴。
ヅラと一緒じゃなくて、よく保健所に通報されなかったよね、あれ。
そもそもスーパーでなにやってたんだ?
しっかしペットにまでさん付けって、志村弟どんだけ気ぃ遣いよ!
「その時、ぼくが安売りのティッシュの箱に躓いてエリザベスさんの足を踏んでしまったんです」
そういってヅラの方を申し訳なさそうに見るが、奴の席からだとヅラの背中しか見えない。
当のヅラは、少し気遣わしげな表情をしていた。
きっとあのペットの足の痛みを思って心を痛めているに違いない。
今更だけどね、ヅラ君。もうすんだ話よ?
「その時、エリザベスさんに『痛ぇなぁ』と言われてしまいました」
ああ、あのペット看板で人類と意思疎通できるんだっけ。
初めて教えられた時(たしか、神楽からだっけ?)は有り得ねぇ!と思ったが、一回看板らしきものを出しているとこ見たことあるんだわ、おれ。
あん時、初めてあの話が本当だったんだって気付いたんだっけか。
しっかし、なんだぁ、そのおっさんくさい科白!
それもーと志村弟。
もったいぶってねぇでさっさとそのつまんねぇ話、終わらせちまえ!
点呼もしないままHRが終わっちまうじゃねぇか!
「看板じゃなく、声が聞こえてきたんです。しかも、あの黄色い口がぱかっと開いて、その中から怪しく光る二つの目みたいなのが…」って、そりゃ季節外れの怪談じゃねぇか!
しかも、さすがのおれでもちっとも怖くねぇぞ!
はいはい、よかったね。
じゃ次点呼いくぞーと言おうとしたおれは、クラス全員の狂ったような絶叫に遮られた。
五月蠅ぇんだよ、おめぇら!
ほら、隣のクラス担任が面白がって見に来やがった。
てぇめのクラスに帰れ、坂本!
なに混じりたそうにしてんだ!?
え?
え?
なにおめぇら、どこ行くの?
「今ならまだそう遠くへは行ってねぇはずだ!とっつかまえてあの皮ひんむいてやる!」
「エリーを追いかけるアル!わたしだって声が聞きたいね!新八だけだなんてずるいアル!」
こんな時だけ息がピッタリの沖田&神楽がクラスのみんなを煽動し、それにのっかった連中が我先にエリザベスを求めて教室から走り去った。
「しょうまっことZ組は楽しそうで羨ましいぜよ」とこれまた教師とは思えない脳天気な発言も聞こえてくる中、取り残されたおれと志村弟、それにヅラの三人はただ呆然と奴らの背中を見送った。
「すいません、保健室行って良いですか?」
ヅラは小さな声でそう言うと、おれの返事など待たずにフラフラと教室から出て行った。
そんな…まさか…エリザベスが?
と呟きながら。
「ヅラぁ。待つぜよ、一人じゃ足元があぶないきに!」とすかさず隣のクラスの馬鹿教諭が追いかけていった。
てめぇのクラスの連中は放っておいていいんですか?
あとであいつしばいてやる!
「あー、しょうがねぇから、もう点呼とるわ。志村新八!いるかぁ?」
「は…はい」
自分の発言が招いた結果に顔面蒼白ぽい志村弟が気の抜けた声で返事をする。
いやいや、君はよくやったよ。
GJだよ。
これから親愛の情を込めて新八君と呼んじゃうよ、おれは。
「よーし、これで全部だな。じゃね、新八君。一限目は自習って事で」
「先生、姉上たちを探しに行って下さるんですね?」
出席簿を脇に抱え、教室から出ようとするおれに志村弟がうるうるした目を向けてくる。
あー、ときめかねぇわ君じゃ、悪ぃなぁ。
それに期待を裏切ることも今謝っとくわ。
「んにゃ。土方が付いてったから大丈夫。あいつだけは面白がって付いてったんじゃねぇはずだから。おれは気分悪ぃから今から保健室行くの」
じゃねーと手を振って新八君一人を教室に残して、おれはいそいそと保健室に向かった。
さぁ、今から50分間はヅラと一緒だ。
傷心のヅラ君せいぜい慰めてやらにゃあ。
邪魔な保険教諭はなんだかんだと理由をつけて、さっさと追い出しちまおう。
五月が桐とカステラの季節かどうかはやっぱ解んねぇ。
けど、おれにとっちゃこれまでより少しだけ甘い季節の訪れとなりそうだ。