久し振りにあいつの顔を見た。
相変わらず真っ直ぐな目をしてやがる。
ああ、やっぱり。
生きてたんだな。


「孵らない卵」

「ああ、それかい。鬱陶しいのがやって来て置いてったんだよ」

つい最近おれの大家になった婆さんが腕組みしたままで言う。
鬱陶しいってのは警察か、なにかだろう。
おれを拾うくらいだ、かたぎじゃねぇとは思っていたがホンモノだったらしい。

「相手は一応公僕だ。受け取らなきゃ角が立つだろ」
だからって貼ってやる義理はないんでね。
そうやって放ってあるのさ。

「剛胆だな、ばばぁ。御上に楯突く気満々かよ」

「ここはあたしの店だ。あたしの好きなようにやる」


「攘夷志士?こりゃまだガキじゃねぇか」

さりげなく手にとって見ると、まだ二十歳になるやならずのおめぇがじっとおれを見ている。
射貫くような強い視線に、おれは目を閉じたくなる衝動を堪えるため、ばあさんに話し掛けた。

「どうも直近の似姿がないらしいよ。実際はもっと年嵩だって聞いたねぇ」

だろうな。
おめぇが髪を高く結い上げてるところ、もう何年も見てねぇ。

「どうせならあんた持ってってくれないかい?」

「はぁ?なんで?」

一体なにを思ったのやら。
とんでもねぇことを言い出すばあさんだ。

「なぁに、酔っぱらいが持ってっちまったーてことにすれば格好の言い訳になるじゃないか」

「だぁれが酔っぱらいだ。人を犯罪者にするつもりか、ばばぁ」

「いいから持っておいき」
そんな訳あり顔、無防備に人前で晒してんじゃないよ。
これ持ってさっさと消えな。

反駁する気力もなくなるようなトドメのお言葉。
ドスの効いた声でそういう風に言われちまうと…。

ばあさんがおれに突きつけたその紙切れを、おれは素直に受け取った。



あれから、嫌なこと辛いことがあるとおれはその紙切れを取り出して眺めてみる。
慰めなんて求めてねぇ。
いつだって真っ直ぐにおれを見ているその目が見たい。
どんだけ嫌なことがあったって、あの頃に比べればましってもんだ。
おめぇすら置いて逃げ出したあの頃よりは。

なのに、おめぇはまだ戦い続けてんのか。

なぁ、ヅラぁ。
おまえもこうやっておれのことを思い出すことがあるか?

おれはおめぇのこと、思い出したことなんざ一度もねぇ。

だってなぁ


忘れたことがねぇんだからな。


勝手だとは解ってる。

けど、会いてぇ。


もう一度。


だから
それまで死んだりすんじゃねぇぞ。



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