なんか
おれ、すっげぇなつかしいもん見ちゃってんだけど…。
ガキの頃のおれら二人の習慣。
でも、そんなの随分昔にやめたよなぁ。
それとも
ひょっとして
わざとやってるわけ?
「Dippy Birthday!」
ガキの頃、桂の家に遊びに行くと、桂の母ちゃんはよくお八つを出してくれた。
その母ちゃんというのがなかなかぶっ飛んだ性格で、おれや高杉はまるで小さな愛玩動物か何かのようにねこっ可愛がりされたもんだ。
会うなり歓声を上げるのは序の口、高杉と二人まとめて抱きしめられたり、頭を嫌というほどなで回されたりはしょっちゅう。
嫌そうな顔のおれを見かねた桂が
「母上いい加減になさって下さい。銀時と晋助が困っています」
と助け船を出しても、
「ちょっとくらいいいじゃないの、ケチねぇ小太郎」
にこにこ顔で、なかなか止めてくれなかったっけ。
ある時、桂にそのことで
「ヅラぁ、助け船を出すならもっと早く出してくれりゃーいーのによ」
と
文句を言ったら、少し困った様子で
「銀時にはすまないが、晋助が、母上にああされるのは満更嫌でもないようだから…」
その時ばかりはヅラじゃない、とお決まりの訂正を入れるのも忘れて、まるでとんでもなくすげぇ秘密のように、ごくごく小さな声で打ち明けられた。
高杉はあれで厳格に育てられていたらしいので、大っぴらな愛情表現に飢えていたところがあったのだろう。
そう言われれば、実際何か困ったことがあったりすると、実の親にではなく、すぐに桂のかあちゃんに
泣きついていたようだ。
普段、桂と高杉はあまり仲が良くないように見えていた。
なのに、どうして連んでいるのか不思議だったおれは、その話を聞いて少し納得がいったような気がした。
そして、前より少しだけ高杉のことを好きになった。
とにかく、おれたちは三人三様ではあったけれど、あの頃のおれと高杉の二人が諸手を挙げて歓迎されるのは桂家だけだったのは間違いない。
おれの外見は当時の旧弊な社会では疎外されて当然のものだったし(ハッキリ言って、すんなり受け入れた松陽先生やヅラ、ヅラの母ちゃんに高杉の方が変だった
)、高杉は高杉で、名家の子息という生まれが近隣の者と交わる際の障害となっていたらしいから。
ある日、いつもと同じ抱擁と撫で撫での熱烈歓迎の挨拶が終わると、桂の母ちゃんはおれ達に菓子椀に山盛りの饅頭を出してくれた。
遠方からの珍客が、甘い物好きの桂の父ちゃんにと沢山届けてくれたそうで、おれ達にもお裾分けが回ってきたのだそうだ。
「沢山食べてね」
桂の母ちゃんにそう言われ、見るからにどっしりとしていて餡が詰まっていそうな上等な甘味に素直に喜んだのはおれだけで、高杉も桂も珍妙な顔つきでそれを眺めていた。
聞けば、桂は元々餡とかいった甘味の強い食いもんは苦手で、少しなら食べられるが、これは手強すぎるとゾッとしたような表情だし、
高杉は高杉で、昨日同じ物をいただいてうんざりするほど喰ったのだ、というようなことを言った。
多分その客人は高杉家と桂家の両家に足を運んだのだろう。
ま、そんなことは自分たちにとってはどうでもいいことで、当面の問題は目の前の菓子をどうするかだ、と桂と高杉が悩み始めた。
おれは、おめぇらがそんなに食いたくなければおれ一人でも食えると言ったのだが、くそ真面目な桂は、せっかく母上が出して下さったのだから
少しくらいは食べないわけにはいかないと変に思い詰めてたし、高杉は高杉で同じ気持ちだったのだろう、まるで、そいつらが今にも襲いかかってくる
敵であるかのように目の前の饅頭を見据えていた。
こいつら、マジ莫迦じゃねぇの?
誰が食っても同じじゃねぇか。饅頭は誰が食っても文句なんて言わねぇし、桂の母ちゃんだって、誰が食ったかなんて気にしねぇだろうに。
そうは思ったもんの、性格はともかく、塾で1、2を争う秀才同士が鹿爪らしく頭を寄せ合って考えているのを前にして、さすがにそんなことは言えず、おれはただお預けをくった犬みてぇに、
成り行きをじっと見守っていた。
桂と高杉、先に動いたのは高杉で、すっと懐紙を出すとその上に饅頭を一つ置き、意を決したように睨み付けた。
さすがにいいところの坊ちゃまは違う、と感心していたのに、黒文字も何も使わずにそのまま丸ごと口に放り込んだ。
あー、おれとつきあい始めてから、多少高杉の行儀が悪くなった気がする。悪ぃ、高杉の母ちゃん。あんたもおれに親切にしてくれたっけ。
きっと目を丸くしていただろうおれ達の前で、高杉は2、3回おざなりにもぐもぐやると、一気に茶で流し込んだ。そして、残りの饅頭(一人あたま五個はあったはずだ)を
キッチリと懐紙に包むんで袂に入れると、一仕事終わったとでもいうように大きな溜息をつくと、お前はどうするんだ?とでも言いたげに桂の方を見た。
桂は、その様子を見届けると、何故かおれの方を見た。
その真剣な眼差しに嫌な予感がして、
「ちょ、ヅラ…ヅラ君?なんか変なこと考えてたりしないよね?」
と多少下手に出て様子を窺ってみると、
「すまん、銀時!」
と頭を下げてきた。
嫌な予感ほどよく当たるってか!
「すまんってなに?謝らなきゃいけないようなことするつもりなのかよ!」
「とにかくすまん!」
桂はおれの問いには答えず、それだけ言うと、もう一度、律儀におれに頭を下げ、やおら菓子椀を引っ掴んで饅頭の皮を剥がしにかかった。
「なにやってんのぉぉぉ!?」
あまりにもあまりな桂の行動に大声を上げてるおれのことなんか綺麗に無視して、桂はひたすら作業を続け、餡の塊と剥がされた皮の山を作り続けた。
そうして全部の皮を剥がし終わると、桂はどこか神妙な面持ちで、
「銀時、お前はこっちを頼む。皮のほうはおれが引き受けるから」
と餡の山を指差したのだ。
それを聞いた高杉は、今にもさっき呑み込んだばかりの饅頭をもどしそうな顔でおれを見てたっけ…。
「餡ばっかこんなに食えるわけねぇだろ、莫迦ヅラ!」
「貴様甘党ではないか!これくらいの量の餡も食せないで、甘党などとよくも言えたものだ。そんな中途半端な甘党なら甘党などと称するのは止めてしまえ!」
「なんでそんな偉そうなわけ!?」
そんな不毛な遣り取りをした後、結局、嫌だというのは口先だけで、むしろウェルカムだったおれはー高杉の手前、渋々といった態ではあったがー全部を平らげた。
以来、おれという強い味方(?)を得た桂は、それまで我慢して食っていた小さな饅頭ですら、皮を剥ぎ、餡をおれに寄越すようになったのだ。
もっともそれはガキの頃だけの習慣で、長じて後は、そういうこともなくなった。
いつの頃からか、おれが桂を特別に意識し始めたせいでもあったし、幾ら食っても細っこいままの桂にとにかくなんでも食わせた方がいいと思ったせいでもあった。
なのに。
今、目の前で桂が饅頭の皮を外している。
昔と変わらぬ一生懸命さで丁寧に。
ひょっこり訪ねてきた時は、てっきりバースディケーキでも用意してきたのかと思いきや、手土産に持ってきたのは饅頭で。
へーへー、そりゃもう誕生日なんて迎えても嬉しくない年ですからいいですけどね、と内心で毒づき、どうせそんなことは
こいつの頭の中にはねぇんだろうなと、攘夷攘夷で頭いっぱいなんだろうな、と。
それでも、今日という日に訪ねてくれたのは、もしかして、という思いもあったりして、銀さん頭の中ぐっちゃぐちゃになってたわけですよ。
そんな時に、目の前でそんな懐かしいことされたんじゃもう、どうしていいやら…。
懐かしがれってか?
それともおれの突っ込みを待ってるの?
「桂さん…あんた、それ一体何やってるんですか!?」
おいおい、新八に先に突っ込まれちまったじゃねぇか。
どう言い訳すんだ、ヅラぁ?
「あ、そうだ。今日はエリーがいなかったのだ!ついうっかりいつもの癖で…。あー、銀時……喰うか、これ?」
「死ねよ、莫迦ヅラ!」
なんだよそれ!あー、もう、おれが莫迦だよね。
こんな奴にちょっとでも期待したおれが莫迦!
おめぇ、あの白いのともそんなことやってたの、てかやってんのかよ!
「なんだその言い種は!昔は旨い旨いと食ってたではないか!」
あ。
覚えてたんだ、おめぇも。
一応。
「あんたら、そんなことしてたんですか…」
「おお、聞いてくれ新八くん、リーダー!昔は銀時とこうして”わけわけ”してだなぁ…」
「へぇ〜」
「ふぅん…」
二人の気のない返事と冷たい視線。
気付かねぇのかよ、莫迦ヅラ!
おめぇいまとんでもねぇこっぱずかしい過去暴露してくれちゃってんだよ!
気付いてくれ、お願いだから気付け、300円あげるから!
「るせぇんだよ、なぁにが”わけわけ”だ。可愛くねぇんだよてめぇ!」
「当たり前であろう。武士に可愛げがあってどうする?」
きょとんとして、いつもの癖で首を傾げかけるので、頭を思い切り叩いてやった。
可愛げがあってどうするなんて言いながら、そんなまねしやがるからたちが悪ぃ。
「何をするか貴様ぁ!わざわざ誕生日を祝いに来てやったというのに!」
「なんでそんなに偉そうなわけ?マジ可愛くねぇんだけど!?」
変わらない言い様に変わらない返答。
憎まれ口をたたき合うおれら。
けど、こいつ、それも覚えてたのか。
誕生日なんて嬉しがる年でもねぇし、祝ってもらったからってどうということもないってのは、負け惜しみじゃなく本音。
それでもこうやって年を重ねられるのは、やっぱ生きてればこそで。
おれも、こいつも生き延びて今日があるわけで…。
「…銀さん、可愛げとかいう発想が出てくることがすでにおかしいです……」
新八の鋭い突っ込みに、おれはどうしていいか解らねぇってのに、ヅラの奴ときたらにやにや笑ってやがる。
あんがとね、新八君。
お陰でちょっと目が覚めたわ。
ちょっと今日のヅラに夢見すぎるとこだったわ。
こいつは相変わらず、電波で莫迦でズレてるってぇのに。
そう、あの頃からちょっとも変わんねぇ。
でも、それでいいじゃねぇか。
なぁ?
2011年の銀さんお誕生日記念SSでした。