「銀 林」


「よぉ、どした? 珍しく上機嫌じゃねぇか」
ツレん家からの帰り道。何でもなさげに話しかけてくる莫迦一人。
さりげなさを装ってはいるが、なに、てめぇがおれに話しかけてくること自体が変だから。ましてや横をそ知らぬ顔で走り抜けようとしてるのを引き留めてまで。おれら、そんなに仲良かったですか? 普段、係わりになりたくないオーラ丸出しのくせによ。


大事なツレは、大怪我を負っている自覚もなけりゃ、大人しくしている分別もない大莫迦野郎。 こんなこと、閻魔の前に引き摺り出されても白状するつもりはねぇが(あ、やっぱするかも。やっとこはおっかねぇ)、 目を離すとまたぞろどこかに黙って消えちまいそうで、ここしばらく暇さえあれば顔を見に行っちまう。そんな相手。
ようよう顔色もよくなり、あと数日もすれば床上げと聞かされたばかりで浮かれない訳がねぇ。どうやらご機嫌斜めなおまわりさんには、常日頃気に食わないおれの機嫌の良さが気に障ったものらしい。

「ああ? 人前で気軽に声かけるのやめて貰えます? お巡りさんと仲いいみたいに思われちゃうと体裁悪いし? こっちは雨が降りそうなんで急いでるんですけど?」
「でも、本当に嬉しそうですよダンナ、なにかいいことあったんですか?」
山崎が、今にもブチ切れそうになってる上司の前に割って入り、思い切り愛想よく振る舞う。
実に健気だねぇ。いかにも人畜無害な風で結構だけど、でも、おれ知ってっかんな。おれの様子を探りに新八ん家に忍び込んでたよね、この前!

「なぁに、ちょいとこれでね大当たりしちゃって」
ハンドルを軽く回すジェスチャーをすれば、ニコ中があからさまに顔を顰めた。
「けっ、昼まっからいいご身分だぜ」
渋面のまま吐き捨てる様に言うのを山崎が慌てて宥め、
「すいませんダンナ、副長ちょっとご機嫌斜めで」
困ったようにそっと耳打ちしてくる。
んなの一目瞭然じゃねぇか。瞳孔同様、不機嫌も全開しちゃってるもの、あの人。
「ひょっとして、妖刀の一件、全然絡めなかったどころか、奇兵隊とかいう高杉一派にまんまと逃げおおせられたこと気にしたりしてんのぉ?」
嫌みったらしく言えば、開きっぱなしの瞳孔が一段と開いた。
あー、気持ちいい!
あの一件、こいつらが絡むにはデカすぎたと、そう解ってはいても腹が立つ。事が終わってからのこのこ出張って来やがって、痛くもない(こともない)腹を探られて、こっちはいい迷惑だったんだよ。 ちょっとくらい仕返しさせれもらってもバチはあたんねぇだろ。

「ちょっ、ダンナ!勘弁して下さい、声が大きいですよ!」
せっかく傷が癒えかけてたのにーと山崎は恐る恐る上司の方を見て固まった。ぷるぷると肩を震わせ始めた背中を見てびびったものらしい。 すまじきものは宮仕えってね。ご苦労なこった。
「あれ、図星だった?ごめんね大串君、気を悪くさせちゃって」
「誰が大串だ、誰が!」
「え、自分の名前忘れちゃった?」
「大串じゃねぇ、土方だ!……違う……、いや、違わねぇ……」
どっかの莫迦が言いそうな口舌。突然聞かされたおれよりも、なぜか言った本人が狼狽えて口ごもっている。

「よしてくださいよ、副長。いくら桂のことが気に掛かってるからって」
山崎がにこにこしながらドストレートにとんでもないことを言い出した。とんだ空気クラッシャーだよ、この子!
それを聞いて、今度こそあからさまに狼狽えるマヨ中。
なんで?え、え?
やめろやぁ!おれまで狼狽えそうになるじゃぁねぇかぁ!

「いえね、副長が不機嫌なのはこのせいなんですよ」
打ち明け話をするように、ひそひそ声の山崎が指さした先にはーえ? ヅラの手配書?
「なんでも最近、桂があのロン毛を切ったらしくてー
なんでだよ。なんでそんなこと知ってんだよ。
それが本当なら、手配書を作り直さなきゃならなくなりそうなんですよ」
つか、待って。それどこ情報? どこ情報ですか、このやろー!?
あいつの髪のことなんて知ってる奴なんざそこらにいねぇだろう。ましてや、こいつらにご注進するなんてあり得ねぇ。 そもそもあいつほとんど出歩いてねぇんだよ。いつ、誰が見たってんだ? それともなにか、おれの知らねぇところで、ほろほろほっつき歩いてんのあの莫迦?

「そ、そりゃ手間がかかりそうだな」
やっとそれだけ言えば、
「そうなんですよ」山崎は重々しく頷き、「まだ未確認情報なんですけどね、ほんとならえらく迷惑な話ですよ。あー! 何枚貼り直さなきゃなんないか考えるともううんざりです!」
「はぁ? 未確認情報!? おたくらいつもそんないい加減な話で動いてんの?」
「そういう訳じゃないんですけど……」
「なんでもペラペラ喋ってんじゃねぇぞ山崎!」
困ったような山崎の視線を受けた土方が一喝した。
「こんな胡散臭ぇ野郎にごく内輪の極秘情報洩らしてどうすんだ、ああ?」
凄まれて、山崎は縮み上がってるが、それは勘違いって奴だ。奴が凄んだつもりなのはおれ。"ごく内輪"を微かに強調したのも多分ーいや、絶対ーわざとだ。
「こんな所でこんな奴とだべってるなんざ時間の無駄だ。行くぞ、山崎!」
「はい! そろそろ雨も降ってきそうですしね。ダンナも早く帰った方がいいですよ」
てめぇから話しかけておいて、この言い草ですよこいつら。
でも、確かに雨は降りそうだ。てか、降って来やがった。おれもそろそろ行くことにすっか。でも、その前にー

「心配いらねぇよ」
走り出そうとする二人の背中に声をかけた。
「莫迦か。なにが心配いらねぇだ。もう降ってるじゃねぇか」
「雨じゃねぇ、手配書のことだ」
せせら笑いが手配書の一言で消え、立ち止まりさえする。
こいつ、えらくわかりやすいじゃねぇか。
「どういう意味だ?」
無駄に威嚇しながら近づいてくるのが嗤える。山崎はやはり立ち止まったままこちらを遠くから見ているだけ。よーし、お利口だ。そこでじっとしてろ。
強面だけが充分近づいてくるのを待ち、短く告げた。

「また伸ばせって言ってあっからよ」

煙草がぽろりと口元から落ちた。
呆けたように固まるのを横目で見届けてから背を向けた。
もう一度ヅラに会わなきゃなんねぇ。で、ことによったらぶん殴る!

もと来た道を急ぎ走り出せば、雨脚が急に強くなった。



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