「なに、おまえ一人なわけ? なんでよ?」 夕刻、痺れを切らすようにして訪なってみた攘夷党の隠れ屋は、銀時の予想に反して静まりかえっていた。そう広くもない屋敷の中で桂を見つけた時、彼はただ一人奥まった部屋に鎮座していた。 てっきり党首の誕生日にかこつけた攘夷のおっさんどもに囲まれているせいで、ちらとも顔を見せに来れなかったのだろうと、そう思っていたのに。 だからこそ、銀時なりに我慢に我慢を重ねた上で、こうやって自ら足を運んできたというのに! どうせ一人なら顔ぐらい見せに来やがれ。ちょっとくらい祝ってやらねぇこともないのによ。 銀時の不満を知る由もない桂は、 「ん? ああ、エリザベスはまだあちらで残務処理中だ」 あちらって、どこよ?とか、あんなのに出来る残務処理って何だよ!?と思いはしたが、口には出さなかった。 それより知りたいことがある。 「なぁ、おめぇは今日が何の日か知ってんの?」 銀時は、桂が自分の誕生日だということに気付いていないかもしれない可能性に気がついたのだ。だって、相手は桂なのだから。充分あり得る。 一応な、と桂。 「誕生日だったな、おれの」 知ってて選択ボッチなのかよ! しかも 「なんなんだよ、おまえ。その人ごとみたいな言い草は」 「つい先ほどまで忘れていたのでな」 意外な答えにどういうことかと重ねて問えば、 「なに、こんな雨の中ずぶ濡れになりながら貴様が訪ねてきた理由は何だろうと、そう考えたまでのこと」 え?雨?嘘。そんなもの降ってたっけ? で、ずぶ濡れって、おれが? そう言われてみれば、前髪からはぽたぽたと水滴が滴っているし、足元にも小さな水たまり。着物も若干重い気が……。 なんてこった。桂に指摘されてようやく気付くなんて。 あまりのことに彷徨わせた視線は、少し面映ゆいらしく困った様子の桂をとらえてしまい、銀時はさらに狼狽えた。なのにー 「というのは嘘だ。すまん」 「はぁぁぁぁぁ!?」 しれっと言われ、引ききっていたはずの血の気が一気に頭まで駆け登った。 「だからすまんと言ったではないか! 落ち着け、銀時!」 それに気付いた桂が慌てて言うが、もう遅い。 ボコッ! 渾身の力でもって拳骨を一つくれてやる。 「痛いではないか」 涙目で睨んでくるが、反撃してこないところをみると自分が悪かったという自覚はあるらしい。 ったくよぉ……。 「で?」 勧められた風呂をきっぱり断り、渋々と言った態で桂が差し出したタオルで全身を拭きながら銀時は改めて問うた。 「おめぇ、誕生日だってぇのに一人でなにしようとしてたわけ?」 おれに会いにも来ないで、と喉元まで出かかった言葉はグッと飲み下した。 「正直、すっかり忘れておったのだがー」 まだ言うか!? 呆れたような銀時に、桂がそうではない、と言い訳を始めた。そうではないのだ、と。 「先ほどまで忘れておったというのは本当だ。が、思い出させたのは貴様ではなくエリザベスだ」 エリザベスだぁ? 「残務処理に残ってくれておると言ったであろう? もちろん、エリザベス一人よりおれもいた方が捗るんだが、先に戻ってゆっくり休めと労られてしまった」 あの白いのがそんな男前なこと言ったのかよ。 「無論断った。が、『せっかくのお誕生日なんですから』と半ば無理強いされてしまったというわけだ」 「察するに、他の連中からもってとこか?」 銀時の問いに小さく頷き、 「後ろ髪引かれる思いだったが、みなの厚意を無碍にするのも心苦しくてな」 控えめに笑う。 「で、みんなからもらった貴重な時間におめぇは一人でなにを?」 つい険のある言い方になってしまい、銀時は臍をかんだ。 束の間の休息をとっていたのであって欲しい、ならば、押しかけるのを今頃まで我慢した甲斐もあったというもの。そう願った気持ちに嘘偽りはないのに、 寸暇を惜しんで会いたがっていたのは己一人だったかと、心のどこかでは拗ねているものらしい。 どんだけ狭量なんだよ、おれは。 攘夷のおっさんどもやペンギンの化け物に負けてんじゃねぇぞ、情けねぇ。 銀時の葛藤など知るよしもない桂は特に気を悪くした風でもなく、 「文を書こうと思っていた」 あっさりとこたえた。 「結局は攘夷かよ」 銀時はガッカリせずにはいられない。 「そうではない」 桂は即座に否定し、それこそ皆の厚意を踏みにじってしまうではないか、と笑う。 「なら」 随分ホッとしながらもなお訊けば、母上に、と言うではないか。 「ヅラのかあちゃん?」 ヅラじゃない、というお定まりの訂正もせず、桂は頷いた。 「おれがこの世にあるのは母上のお陰だからな。たまにはいいだろう。不孝の詫びがてらだ」 「先立つ不幸をってやつか?」 「目出度い日におれを殺すな!」 「確かにおめぇの頭はおめでてぇな」 「斬られたいか貴様」 銀時に呼応して不穏当な言葉を吐きながら、それでも桂の目は笑いを含んでいる。銀時にはそれが嬉しい。 せいぜい静かに見守っていてやろうじゃねぇか。 長丁場になるとふんで寝転がろうとしたその時、出しぬけに丁寧に継がれた紙をぬっと突き出された。 全くの不意打ちに、意味をはかりかねた銀時は目を丸くして紙を見つめるばかり。 「貴様も何か書かぬか?」 「おれ? なんでおれ?」 「いつもおれと一緒くたになにくれとなく世話を焼かれたではないか。母上にすれば貴様も息子のようなものに違いあるまいよ。貴様には迷惑なことだったかもしれんし、おれも貴様のような兄弟なぞぞっとせんがな」 ただの冗談、ということは直ぐに解った。桂の目がまだ笑っていたから。 そーゆーことかよ。 ならば、とこちらも冗談で返すことに決めた銀時が素直に紙を受け取れば、今度は桂が目を丸くする。 「冗談はよすがいい。そもそも貴様に文など書けるのか?」 相変わらず桂の目は笑っていたが、そこまで言われては、「はいそうですね」とおめおめと引き下がるわけにはいかない。 「んだよ、おめーが書けっつったんじゃん。おら、筆も寄越しやがれ」 引っ込みがつかなくなって、桂が手にしていた筆を奪い取った。 こうなったらやけくそだ。 とはいえー。 銀時は、今し方桂の言ったことを反芻した。確かに桂の母親には散々世話になったーというより揉みくちゃにされ、溺愛されたー記憶がある。嫌というほど、ある。 そればかりでなく、時には本気で叱ってもくれた。 子どもの頃、あんな風に自分を愛し慈しんでくれた大人なんてそうはいなかったのだけれど。 しゃーねーな。 腹は括ったが、手紙など数えるほどしか書いたことのない銀時は書き出しから躓いた。 やっぱ書くならヅラのことだよな。 拝啓 ヅラの母ちゃんへ。お変わりありませんか? ヅラも変わりなく今日も元気に攘夷活動中です。 いやいやいや、そうじゃねーだろ!余計な心配かけてどうするよ。 ヅラの母ちゃんへ お元気ですか? 長雨にとざされ、出不精になりがちなこの頃ですが、おたくの息子さんは毎日楽しそうに真選組と追いかけっこしています。特に瞳孔の開ききった人相の悪い男には執拗に追いかけ回されーって、違ぇぇぇぇ! なんでわざわざあんな連中のことを書かなきゃなんないの?紙と墨の無駄じゃぁねーか。 だいたいむかつくんだよ!どいつもこいつも桂桂ってバカの一つ覚えですかこのやろー!そもそもてめぇらにこいつが捕まえられるわけねぇってぇの! あー、気分悪ぃ。 「なんだ、銀時。全然ではないか」 とうとう頭を掻きむしり始めた銀時に気付いた桂に、いっこうに筆が進んでいないのを見咎められた。 「おめぇの近況書くのは難しいんですぅ。最近ろくに顔も見てなかったしぃ?」 苛々が高じて当て擦りをする銀時に、それでも桂は 「そう悩むな銀時。おまえのことを書けばよいではないか。ありのままにな」 微笑んで言った。 「おめぇの母ちゃん宛なのにかよ」 驚く銀時に、桂は書きかけの文から目を上げずに言う。 「銀時が元気ならおれも元気だ。銀時が幸せならおれも幸せだ」 「んだよ、それ」 「それで充分。母上はきっとそう思ってくださる。だっておれの母上だぞ?」 莫迦だ。 こいつマジ大莫迦。 一体どっからそんな自信がわいて出るんだか…… 拝啓 ヅラの母ちゃん、悪い知らせだ。 あんたの息子はガキの頃から全然変わっちゃいねぇ。今すぐにでも歴史に名を刻みかねねぇ電波莫迦だ。 それでも、こいつをこの世に生み出してくれてあんがとよ。 確かにあの母ちゃんなら、こんな事を書いただけでも手放しで喜んでくれそうで困る、てか面映ゆい。 あんたがいなきゃ、おれはこいつに出会えてなかった。 決して文字に出来ないそんなことを思いながら、銀時は桂の端正な横顔をそっと眺めた。 あくまでその手から生み出されていく流麗な水茎に魅入っているふりをしながら。 よろしければ簡易アンケにご協力下さい。 |