桂小太郎が幕吏によって捕らえられた。


何度目かのそのニュースは今回もまた、江戸市中に野火のように広がった。


一見大ニュースのように思えるその出来事に市井の人々はいたって暢気なもので、今度はどうやって逃げ出すだろうと 酒の肴代わりに言い合ったり、収監している牢はあと何日で桂に破られるだろうか等と恰好の賭けの対象にしたりしている。




今までもそうだった。


狂乱の貴公子桂小太郎はまたの名を逃げの小太郎とも言われるように、幕府の手から逃れるのはお手の物。

運悪く捕らえられてしまうこともなくはなかったが、それでもいつの間にか脱獄し、真選組などの 幕府関係者に煮え湯を飲ませ続けてきた。

そんな桂の脱獄劇を、江戸の庶民は痛快な娯楽でもあるかのように歓迎しているのだ。



とはいえ………


心配している者ももちろんいる。

彼を暁とあがめる攘夷志士たち。

ペットであり腹心の部下でもある不思議生物。

どこぞのラーメン屋の女主人に、かまっ娘倶楽部の綺麗(?)どころ。

何故か真選組の某隊士ども…エトセトラ、エトセトラ。



そして




「なべて世はこともなし」




「銀ちゃんは心配じゃないアルか」

「ないって言いたいのか?それともあるって言いたいのか?どっちかハッキリしろ神楽」

「話を逸らすなんて卑怯アル」

「あー、あるって言いたかったんだ、そーかー」
「銀さん、ちょっとは真面目に神楽ちゃんの話を聞いてあげて下さいよ。神楽ちゃん、真剣に桂さんのこと心配してるんですから」

もちろん、ぼくもですけれど、と新八が付け足す。

かれこれ5日、そろそろ脱獄のニュースが流れてきても良さそうなものなのに………と。



あー、もうだりぃなぁ、と銀時は思う。

心配してるというなら、自分だって心配はしている。

決して面には出さないけれど、今回に限らず桂が捕まったと聞く度に、いや、むしろ日々心配の積み重ねと言っても、いい。


けれど、心配したところでどうしようもないことも解っている。

桂は攘夷をやめない。

幕府も桂を追うのをやめない。

いたちごっこなのだ。


それが終わりを告げるのは、天変地異でも起こるか、幕府が滅ぶかそれとも桂がー


そこまで考えて、銀時は思考を先に進めることを放棄した。


「めんどくせーなー」

「面倒くさいってなにアルか、ちょっとくらい様子を見に行っても罰は当たらないね!このっ、マダオが!」

「ってめぇ、なにしやがる!」

思わず口から飛び出した言葉が、口は悪いが心根の優しい少女の勘に障ったらしく、銀時は読みかけのジャンプを取り上げられた挙げ句、それを思い切り頭に叩きつけられた。


痛む頭を抱えてソファに丸くなる大の大人の情けない姿に、新八は神楽を止める気力も失せたらしく、ただ溜息をついて二人の様子を眺めている始末。


いい加減にしやがれ、と銀時はまた思い始める。

お尋ね者の桂を助け出せるわけもないのに、どうして自分が牢の様子など見に行かねばならないのだ。

なにしろ見てしまったら最後、矢も楯もたまらず救い出そうなんて莫迦なことを思い詰めないという自信がない。

もう厄介ごとはごめんだというのに。

なによりも、桂がそれを許さないだろうに。

おれのために、そしておまえら二人のためにも!


それでも


非難するようにー実際非難しているのだろうーただ静かにジッと銀時を見つめる少女。

その少女の大きな瞳に何か光るものを見つけてしまったからには………


しゃーねーか。



「あー、つまんねぇ!パチンコにでも行ってくるわ。新八、おれ夕飯いらねえから」

「はい、いってらっしゃい、銀さん!」

弾むような新八の声に銀時は苦笑する。

どうせバレてんだろうけどよ。


それでも、さもやる気のない風にのろのろと玄関に向かった。

そして、これまたいつもよりゆっくり時間をかけてブーツに足を通していると、扉に映る人影に気付いた。


ああ

なんだ。


はやる気持ちを抑え、ゆっくりと、不自然なまでにゆっくりと扉を開ける。



そこには




「どこかに出掛けるのか、銀時?せっかく旨い菓子を持ってきたというのに」


ああ、誰だか知らねぇが上手いこと言ったもんだ。

なんてったっけ、ありゃあ………

そう、確か………


なべて世はこともなし

ってか。








サイト1周年記念お礼SSでした。