あっと思ったら無視された。
隣に女がいたように思う。
「………」
声をかけようと手を挙げかけた桂は、何事もなかったようにして踵を返し、雑踏に紛れた。



「莫迦に莫迦という奴が莫迦とは言うけど、端から見たらどっちも大莫迦」 前篇



訂正。少し違う。
何事もなかったように、ではなく何事もなかったのだ。
幼い頃からの馴染みゆえつい見過ごしがちになるが、銀時とて一人前のーてか結構いい年の独り身のー男で、妙齢の女性と歩いていてもなんら不思議はない。
むしろ、そうでなくてはならない、と桂は思おうとした。

新八の姉お妙やその幼馴染みの九兵衛をはじめ、銀時の側には見目も気だてもよい女性が数多くいる。それぞれちょっとばかり(?)粗暴だったり口が悪かったり、困った性癖があったりはするが、銀時にはあれくらいあくの強い女性で丁度いいと思っていた桂にとって、彼の連れが見知らぬ女性だったのを意外と思っただけなのだ、と。
正直、無視をされたのにはムッとしたが(友に紹介くらいしても罰は当たるまい?)、連れの女性が内気なたちかもしれないし、まだ微妙な時期で銀時も慎重になってるのかもしれないと思い直しもした。
それに
何も知らぬとはいえ、彼女にとっては自分は好ましからざる人物でしかあるまいから。

無理矢理の再会を果たして後、どことなくぎこちないままだった二人は、春雨がらみの事件で現実を突きつけられた。
いざとなれば未だにうんざりするほど息が合う。言葉もいらない。視線すら交えなくとも、事足りてしまう。
喜んでいいのか悲しんでいいのか解らないまま、今度は別々に紅桜の一件に巻き込まれた。

二人して地上に戻った時、さすがに涙を流してはいなかったものの、自分を見つめる銀時が泣いているような気がして桂は焦った。 短くなった髪に触れたその指先が震えていたことにも。
桂の裡なる声は逃げろ、逃げろと告げていた。もしくは知らぬ顔をしてやりすごせ、と。ここで絆されたら、また同じことの繰り返しになる!
なのに
幼い頃から桂に銀時を拒む術があったためしなどなかったし、震えているのがただ指先だけではないと知った以上、そっと目を閉じてなすがままになるしかなかった。
だって、同じだったのだ。戦場という特殊な環境下で追い詰められた果てに自分に縋ったであろう銀時の目と、幼い頃から慣れ親しんだ友に裏切られ、殺されかけるという異常事態をくぐり抜けた今の銀時の目が。
ただ、ありったけの銀時の熱を受け止めながらも桂は己を戒め続けていた。決して溺れるなかれ。いつかまた別れはやって来る、と。
それがまだつい先日のこと。幸い自戒が効いているらしく、今回ばかりはそれほど胸を痛めずにみそうだ。

かつて
銀時に渇望され初めてこの身を委ねた時、桂は銀時に言ったものだ。
いつかは必ず女性にも目を向けるように、と。
そうでなくてはならない、とその頃の桂はかたく信じていたし、実際今でも信じている。
所詮は男同士。何も結ばぬ関係に安寧させ続けるわけにはいかないのだと。
銀時がどことなく不服そうではあるもののその条件を受け入れてやっと、求められるままに抱かれた。それからは何度も、何度も。
けれど思いの外に別れは早く訪れた。いきなり降ってわいた災難のように。
あの時の喪失感!それに比べれば。なにしろ今度は全く事情が違う。
銀時は幸せを掴もうとしている。それと引き替えに、今までのように気楽に二人で顔をあわせる機会は失うだろうが、桂には彼を少し離れたところで 見守る幸せが与えられるはず。
そう思えば少々の胸の痛みなどたいしたことではないではないか。
銀時がもう自分などを求めなくてもよくなるのなら、それはそれで結構なこと。それが自然の摂理だ。
だから

「というわけでだな、エリザベス。奴も人並みの幸せをつかもうとしているのだから、お尋ね者が邪魔をしてはいけないと思う。今後は接触を控えるから、お前もそのつもりでな」
と可愛いペットにも重々言いきかせておいた。

ああ、本当にそうなればよいのにな、銀時。
心の底からそう思える自分を褒めてやりたいと桂は思った。



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