原色の光景


眼前に広がるのは見渡す限り続く焦土。どうやらつい先頃かなり激しい戦闘があったらしい。
降りしきる雨にも負けぬ勢いで、未だあちこちから黒煙が上がっている。
目を足下に転じると、そこかしこに力尽きた骸が無惨な姿で転がっていた。
どれもこれもどす黒い。血が変色したものだろうと察せられた。
空洞になった眼窩からは乳白色の蛆が一塊になって忙しげに蠢いている。
中にはまだ死にきれない者もいるらしく、時折、雨音に苦しげな呻き声が混じるのが切ない。
足早にその場を去ろうとした時、その中の一つを銀時の耳がはっきりと捉えた。

「母上……」

声の主を捜すと、震える両手を上げ、空をかきながら繰り返し呟いている少年らしい姿を捉えた。

「母上……」
「母上、どうかご安心下さい……」
「私は卑怯者ではありませんでした」
「母上……」

むき出しになった腹には銃創があり、深くえぐれた肉からは未だ鮮血が吹き出している。
それを目の当たりにした途端、銀時の腹もまた、焼け爛れたように痛み出した。

な、んで?

訳のわからない急激な痛みに、全身から脂汗が吹き出すと同時に、凍えるような寒気にも襲われた。

ヅラ!どうなってんだこりゃ!?
おい、ヅラ……!

声を出そうにも果たせず、そぼ降る雨に濡れながら、必死になって近くにいるはずの桂の気配を探ると、驚いたことに、桂はいつの間にか死にゆく少年兵のそばにかがみ込んでいる。 更に驚くべきことに桂は銀時の状態を一顧だにせず、ただ少年を見つめ、あまつさえその両手を包むように握っていた。
どうやら彼が彼岸へと旅立つのを母親に成り代わり、見守ってやるつもりらしい。

ーんだよ、こりゃ幻覚かいっそ夢だな。

腹の痛みは相変わらず鋭くとてもリアルなのだが、銀時はそう断じた。

生憎と、桂はこんな感傷的な行動をとるタイプではない。
ましてや戦場ともなればなおのこと。
銀時の知る桂は、死にゆく者に悠長に寄り添ったりなどしない。無駄に苦痛を長引かせるくらいないら、むしろ己が手でさっさと幽境に 送り込んでやるはず。

わぁ、怖ぇ。
下手したらおれがあの世行きじゃん。

くつくつと笑いながら、銀時はなんとか意識を浮上させようとあがいた。
このままありもしない世界を見続けるのはまずいと、彼の本能がそう告げているので。
偽者とはいえ、あんな風に桂に看取られて逝くのなら悪くないーそんな具にもつかぬことを思い始めてしまったので。

死んで、たまるかよ!

ありったけの力を込め、銀時は生への執着を叫んだ。
途端、自分を取り巻くなにもかもがリアルな色を失い、セピア色の虚構へと転じていった。

やべ。
マジで逝くとこだったみてぇ。

痛みの波に身を任せながら、それでも銀時は安堵しつつ再び意識を手放した。



「呼吸が安定してきました」
忙しく上下する胸から聴診器を外しながら、医師が厳かに告げた。
「なによりだ」
短くこたえた桂の表情は相変わらず硬い。
それでも、先ほどまで全身にみなぎらせていた緊張を僅かに解いたのを察した医師は深々と一礼すると「言わぬもがなではありますが、しばらくはご油断なきよう」とだけ言い残し、そのまま辞した。


どこで拾ってたものか、エリザベスが、ずぶ濡れでおまけに血まみれの銀時を抱えて来たのは二日前になる。
そっと銀時を背から降ろして桂に委ねると、そのまま外へ出て行ってしまったエリザベスは、先ほどやっと戻ってきた。
まっさきに見せられたプラカードには「魔死呂威組の跡目争い」の文字。
攘夷に無関係のことでは迂闊に動けず、ましてや部下を働かせるなど思いもよらない桂を慮って、この二日間、一人であれこれと調べてくれたものらしかった。

また面倒そうなことに巻き込まれおって……。

誰よりも戦を厭い、戦いに倦んでいたはずの銀時が、未だ戦いの中で傷を負い続けている。

愛おしいペットを労いながらも、やりきれぬ思いに、桂は一人嘆息した。

戻る