「おや、香を変えたのかい?いい匂いだねぇ」
ああまったく、女という生き物は!
「月待ち雲」幾松
久し振りにくぐった北斗新軒の暖簾。
カウンター席に着くなり、水も出さないうちになに、この仕打ち?
知ってんだろ?
おれが香なんて優雅なもんに縁もゆかりもないって。
「へぇ、よくもまぁ、んな油ギトギトの臭い中で、香の匂いなんてききわけるられるもんだ」
「馬鹿にしてんのかい、銀さん。それくらいは誰だって判るよ」
「そーゆーもんかい?」
「そうだよ。いつもは<月待ち雲>なのに、今日は…それよりずっと麝香の匂いが濃厚だもの」
「へぇ?すげーな。香の名前まで判るんだ」
「本人にね、聞いたことあんのよ」
すごいよ、女は。
いや、あんたは、か。