「あ、なんでてめぇがこんなのところにいやがるんだ?」


おれは思いっきり睨んでやるが、今更そんなことで動揺するような奴ではない。


「それはこっちの科白ですぅー」


案の定、鼻をほじりながらやる気のない声を出しやがる。

ああ、全く!

とんでもねぇ場所で嫌な奴に会っちまったーとおれたちは同時に思ったはずだ。



「月待ち雲」幕間



「おれは仕事の合間なんでなにしようと勝手ですけど、お巡りさんは勤務中じゃないんですか?この税金泥棒」

「誰が税金泥棒だ、誰が!てめぇこそ税金なんて払ってんのか、この万年無職が!」

「誰が無職だ、万事屋なめんなよてめぇ!」

「誰がそんなもん舐めるか!舐めるんならマヨにするわ!」

「けっ、妖怪マヨネィズが」

「誰が妖怪マヨネィズだ!」

「ああ、間違えました、すみません。妖怪ニコチンコでしたね」

「っ、てめ!」


ああ、疲れる。こいつとのやりとりは、桂とのやりとりとは違う意味で疲れる。

おれはもう馬鹿を相手にするのは止めることにして、さっさと目当てのものを探し始める。


が、種類が多すぎてどれがなんだか判らねぇ!

間口二間程の店とはいえ、さすがに香の専門店ともなると品数がはんぱねぇ。

おまけに店中香の匂いが充満してて、鼻がおかしくなりそうだ。

こんな中で、あいつのいつもの香が探せるのか?


疑問とくらくらする頭を抱えておれが躊躇している間に、奴は既に小さな箱を年配の店員に差し出していた。


「きいてみられなくてもよろしいですか?」と店員は丁寧な物腰で話しかけている。


そんな奴の鼻が、繊細な香りをききわけられるはずがねぇ、ほっとけ!とおれは心の中で思い切り毒づく。


「や、ききわけなんて出来ねぇよ。それにおれ<月待ち雲>って香が欲しいだけだし」


月待ち雲という典雅な名前に、おれはなんだか嫌な予感がした。


「ツレがなんでかしら香を変えちまってよ、なんか落ち着かねぇんでいつものを探しに来ただけだしよ」 と聞こえよがしに続けやがった。


ちぇ、やっぱてめぇもか。


それは中々良いご趣味のおつれ様でーというお追従に、だろ?と軽く返事をすると、おれの方などチラとも見ずに万事屋は揚々と店を出て行った。



「おい、その月待ち雲っての、きかせてくれねぇか?」


万事屋の姿が見えなくなるとすぐに、おれはその店員に頼んだ。


愛想のいい店員がきかせてくれた香は、やはりあいつの匂いを思い出させて、おれの心をかき乱した。