「銀時君いますか?」
桂のとぼけた声が聞こえる。
口ではおれの名を出しながら、おまえが訪ねてきたのはおれじゃない。
それでも、そのまま帰したくなくておれは返事をする。
「なんだ貴様一人か?」
不服そうに口を尖らせてみせながら、多分、頭の中では考えを巡らせているはずだ。 このまま帰るべきではないか、と。
そうはさせねぇ。
「悪いかよ。せっかく来たんだ、あがってけ」
ほんの少し逡巡の色が浮かぶ。まだ弱い、もう一押し。
「新八も神楽もすぐ帰ってくるからよ」
簡単な魔法の呪文。単純な罠。
「では少しだけあがらせてもらおう」

それでも、あっさりひっかかるおまえ。そんなところも昔のまんま。


「おまえが目を閉じるまで」


仕組まれた再会からもう数ヵ月。
気まぐれにふらりとおれんところに来ては、当然のようにソファに座って茶をすすってっけど。
相変わらず気安くおれの名を呼んで。
なぁ、おめぇはなにを考えてんの?

おめぇが新八や神楽と談笑してるのを見るのは嫌じゃない。
けど
こうやって二人きり、久し振りに見る穏やかな横顔は、嫌でもあの頃を思い出させてくれておれを苛む。
おれのこと、憎んでくれてても、恨んでくれててもいい。
いっそ忘れてくれてても。
おめぇが生きててくれたら、それでいい。
そう思ってた。
心の底から。

でも、実際会っちまうとそうはいかねぇ。
届きそうで届かないこの距離がもどかしい。
手を伸ばせばすぐそこにおまえがいるのに。

おれだって、簡単に元の鞘におさまるなんておめでたいこと考えてねぇ。
同じ方むいて同じ歩幅で歩いてられたあの頃とは違う。
おれは好き勝手生きてっし、おまえはおまえで好き勝手生きてる。
時々、僅かにクロスすることはあっても、完全に重なることはない。
それは重々承知してる。
けどよ、それはそれ。これはこれじゃねぇか。

「ヅラぁ…」
「ヅラじゃない、桂だ。なんだ?」
警戒の色がちらと浮かんだのは気のせいじゃない。
けど、こっちだって切羽つまってんだ。そんなこと気にしてられっか。

「…久し振りだよな」
「何を言っておるのだ貴様は。先週会ったではないか」
呆けたか、気の毒に。なぁんて、その憎らしい口塞いでやろうか?

「そうじゃなくて、こうやって二人でボーッとしてることがだよ」
「ボーッとしてるのは貴様だけだ。おれはこうしていても色々考えておる」
「なにを?」
「だから色々だ」
こたえに詰まってるのがバレバレじゃねぇか。嘘でも、おまえのことだ、銀時ーなんて可愛いことの一つも言えないもんかねぇ…って言うわけねぇな。
そんなのもうヅラじゃねぇもんよ。ヅラの皮被った別の何かだ。

「では、そろそろお暇するとしよう」
なにがでは、だ。もう逃げ出す気?
悪いけど、そうはさせねぇ。せっかくの機会だ、もう逃がさねぇ。

「おれだってこうみえてあれこれ考えてますぅ」
今だって、どうやったらお前の足を止められるか、で頭いっぱいだ。
「なぁ、おまえ、おれのこと思い出したりした?」
先んずればヅラを制す。
案の定、不意を突かれてヅラは足を止めた。

なのに、顔色一つ変えず、
「いや。ないな」
って。
えええええ、即答!?
会心の一撃が不発ってちょっと傷つくんですけどぉ?

「正直それどころでは…貴様とてそうであろうが?」
「そうだったな。おれもおまえのこと思い出すことなんて一度もなかったわ」
だってよ
「忘れたことがなかったからな」
思い出す暇もねぇ。
ざまぁみろ。
ヅラ、おめぇ、今、鳩が豆鉄砲喰らったような顔してるぜ。
少し手を伸ばせば……

ほら、もう一度つかまえた。



戻る