なぁ、教えろよ、どこの誰なんだよ。
教えてくれたっていいじゃねぇか。
なぁ、言えよ。
何か言えないような訳でもあるわけ?
言ってくれよ、頼むから…。

疑雲 愁雲

________渠が胸には一片ノ愁雲凝って動かず (国木田独歩 「わかれ」より)

ヅラがひらりと身を躱し、船から飛び降りるので、おれもなんも考えずに後に続いた。
ほうら、こいつはいつもの通り用意周到。当然のようにおれもパラシュートの恩恵にあずかる。
デザインと浮遊感がいまいちいただけないが、この不気味なイラストを高杉達が船の上から 見ているかもしれないと思うと、笑い出したくなるくらいシュールだ。

実際、おれは笑い出したかったのかもしれない。
ヅラは生きてた。
新八・神楽も無事だ。
ヅラが生きてた。
おれも生きてる。
ヅラも生きてる!

爽快じゃねぇか。
この空と同じように、おれの心も晴れやかだ。
悪ぃがヅラとは違って、おれは高杉にそれほど拘泥してねぇからな。
源外のじいさんをたきつけたと知った時から、いつか、こんな風になるんじゃないかと知ってた気がすらぁ。
今、おれが考えてるのは、すぐにでも、その背中に両手をまわして、小さな頭や細い肩を嫌というほど抱きしめてぇってことだけだ。
けど、あの化け物に斬られたところ(腹か、背か?)を知らねぇし、空中でパラシュートを絡ませるようなバカな真似はしたくねぇ。 だから、こうして大人しく膝下にぶら下がってるわけだ。でも、膝でも充分上等だ。生きてんだからな、おまえ、おれと。
パラシュートなんぞで降りるのは初めてだったが、二人とも、それほどの衝撃を受けずに無事着地に成功した。ふん、おれたちの身体能力なめんなよ!それでも、手負いの身にはかなりの負荷がかかり、お互い申し合わせたように「いででででで!」と調子っぱずれの声をあげたのはご愛敬。

「あれぇ?ヅラ君、どっか痛いぉ?」
「んな訳あるか!この重いパラシュートを外そうとして、気合いを入れるのに声を上げただけだ!貴様こそ、どこか痛いのであろうが!」
「ぜーんぜん!さっきのは、着地の時のリズムをとろうとしただけだしぃ?」
生きててくれて良かった、無事でいてくれて良かった、なんて言葉はどちらからも出てこねぇ。
いつも通りの意地の張り合い。
けれど、お互いに知っている。そんな労りの言葉など必要ないことを。頭ではなく、心で、知っている。

どうにかこうにかエリザベシュート(という名前だそうだ、このパラシュート…やれやれ…)を外し、出来るだけ小さくたたむと二人してもたれ掛かり身体を休めた。
新八に神楽、それにこいつの仲間たちが迎えに来るまでの間だが、こうやって二人きりでいられるのは正直嬉しい。今の内に、気になっているこが確かめられる。
「なぁ、おまえどの程度の傷なの?大丈夫なのか?」
「ん?…程度などは判らんが、動けるのだから大丈夫なのであろう」
「自分のことなのに、なんでそんなアバウトなんですかぁ?ちょっと銀さんに見せてみなさい」と襟に手をかけると、身を捩って嫌がられた。

「かまうな、大丈夫だ」
「その自信、どこからくんの?どれくらいの傷か知らねぇんだろ?」
「う。でも、大丈夫だと言ったら大丈夫なのだ!」
「はーい、はいはい。ヅラ君はいっつも自分のことは大丈夫ですましちまうんですよねぇ。でも、今回はそうはいかねぇ。周りが、特におれはそんなんでは絶対納得しねぇからな。新八や神楽がどれだけ心配したと思ってんだ?てめぇが自分で見せねぇんなら、ここでひんむきますけど?」
あえて自分のことは言わねぇが、おれだってという気持ちを言外に込める。ヅラは、ガキ共にはめっぽう甘ぇから、あいつ等の名前を出してちょっと強めの口調で言うと、渋々といった体で片袖を抜いて見せた。
現れた包帯の白が、痛々しい。きっちりと綺麗に巻かれた真新しい包帯には、幸いにも新しい血が滲んだりはしていないようで安堵する一方、おれは今更ながら、とんでもないことに気がついた。
「誰…これ巻いたの?」
ヅラは答えねぇ上、さりげに目をそらしやがった。こいつ、無視を決め込むか、当たり障りのない言い訳で切り抜ける気だ。させるかよ!
「自分で巻いた、なんて嘘は禁止。手負いの身で、こんなに綺麗に巻けるわきゃねぇからな」
「……………」
「エリザベスも却下。あいつが最初におれんとこにおまえのことで訪ねてきたんだからな。おまえが例え大怪我してても無事だったって判ったんなら、そう知らせてくるはずだ。同じ理由で、おめぇの仲間たちでもねぇよな。おめぇが生きてるって知ってんなら、あんな大騒ぎにはなってねぇ。そうだな、桂?」
「それを知ってどうする?貴様には、関係ないであろう?」
桂ーとめったに言わない名で呼ぶことで、おれの本気の度合いが判ったのだろうヅラは、おれの目を見ながらはっきり言った。
あ、開き直りやがった。ざけんなよー関係ないわけねぇだろ!のど元まででかかった言葉をどうにか呑み込む。そうだ、それを知っておれはどうするつもりだ?
黙りこくったおれにヅラが容赦なく続ける。
「仮に、おれがその者の名を貴様に教えたとしてだ、聞いた貴様はどうする?菓子折でも持って挨拶に行くとでも言うのか?」
「行くわけねぇだろ、むこうにとっちゃ、おれなんか関係ねぇのに!」
と言ってしまってから、ヅラの言いたいことに気が付いた。
「その通りだ、銀時。貴様には関係ないことなのだ」
ヅラはにたりと意地の悪い笑みを浮かべて、それに同意しやがった。ちっ。
「それでも、おれは知りてぇよ」
誰がおまえを助けたのか。誰が、おまえの手当をしたのか。誰が?そう、このおれでなく!

なぁ、教えろよ、どこの誰なんだよ。教えてくれたっていいじゃねぇか。
なぁ、言えよ。何か言えないような訳でもあるわけ?
言ってくれよ、頼むから…。
「知らぬ方がよい、銀時。それで察しろ」
頭の中を好き放題めちゃくちゃに暴れ回るそんな諸々の言葉は、ヅラのその一言で封じ込められてしまった。
なに、それ。なんだよ!
おれの知ってる奴か?おれには言えない相手なのか?それともおれの全然知らない誰かさん?
ああ。さっき、この空が晴れやかだなんて思った脳天気なおれをはり倒してやりてぇよ!


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