なぁ、もう行かなきゃなんねぇの?
ついさっきまで俺の腕の中で身じろぎひとつしないで眠っていたくせに、気がつけばいつの間にかさっさと抜け出してやがった。
寝転がったままの俺から見えるのは、もう甘さの片鱗も残さない静かな横顔。
脱ぎ散らかしていた着物を一枚一枚身に纏うにつれて、おまえは段々とおれの知るヅラから、攘夷党党首の顔へと変わっていく。
ああ、切ないねぇ。

離れなで〜karenade〜

「ね、今度はどこよ?」
着替えだけでなく荷造りまで始める様子を見て、つい聞いてしまった。
おれが攘夷からは一切身をひく決意を固めていることを知って以来、ヅラはその手の話はしなくなった。
たまに「攘夷に」なんて言う時は、軽口をたたいている時。それ以外はそりゃもうキッパリと。
それどころか、おれの方から尋ねても、貴様には関係ないであろう?と言わんばかりに片方の眉を綺麗に上げてみせる。 口元にはシニカルな笑みだ。
へーへ、今やおれはただの門外漢ですけどね。
身勝手だとは解っているが、そういうヅラの顔を見るのは正直淋しい。
「ん?知ってどうする?」
ほうら、きた。
「別にぃ。どんな土産買ってきてくれるのかなって気になってよ」
おれは、なるべく無関心な様を装う。さもなきゃ、ヅラは余計に頑なになるのを知ってるから。
「そうだな、どうせ甘味か酒しか喜ばんのだろうから、今回は柚子最中でも期待しておけ」
その返事で、今回は紀伊と見当をつける。
「ええー!銀さんは、もっとこってり甘いのが好みですよ。釣り鐘饅頭とか釣り鐘饅頭とか、釣り鐘饅頭とか」
「やかましいわ!あれは餡の量が多くて重いので、持ち帰るのに苦労するんだ!」
ふん。じゃあ、土産はおれんとこだけじゃないってわけだ。一箱ぐらいじゃ重いなんて言うヅラ君じゃないですもんね。つまんね。他にどこ持ってく気?とこれも聞けやしねぇ。
「おれは先に出る。火の元にさえ気を付けてくれれば戸締まりはしなくてよい。じきにエリザベスが留守番に来てくれる」
「おめぇ、あの化け物置いてくのか?」
じゃ、一人で行くの?それとも…?
「化け物じゃない、エリザベスだ!」
「珍しいじゃねぇか、あいつ金魚のふんみてぇにいっつもおめぇにくっついてるのによ」
だからこそ腹立たしい時もあるが、こいつがおれの目に届かねぇ所に行っちまうときは、お目付役としてそれなりに不安を紛らわせてくれる存在ではあるってーのに。
「ま、色々とな」
それっきり、立ち上がってしまう。
金魚のふん発言は見事にスルー。これ以上その件については何も言う気はないって意思表示ね、了解。
「おれぁ、もう一眠りしてから帰ぇる」
そう言ってヅラに背中を向けて寝直す体勢に入るふりをする。
おめぇが出て行く姿を見たくねぇんだわ、おれ。
そのくせおれの耳ときたら、ヅラが出て行く音を捉えようと神経を集中してて嫌になる…なんて考えていると、ふ…とヅラの甘い匂いが強く香ってきた。
何事かと振り返る暇もなく、「そう拗ねるな。出来るだけ早く帰る」小さく告げられて、耳元に柔らかい唇がそっと押しつけられた。
「…おう。約束、破んじゃねぇぞ」
おまえはこたえなかったけど、微かに微笑んだ気配がした。
ヅラの匂いがほのかになったのに気付いたら扉が開けられる音がはっきり聞こえて、またすぐに閉じられた。

10、15、ポストを通過。20m…そろそろ角の辺りだろうか。ヅラがどれだけ遠ざかっていったかを頭の中の地図で追ってみる。角を曲がった頃合いを見計らい、おれは布団から跳ね起きた。
おめぇのいない部屋なんて寸刻たりともいたくねぇ。とっとと出てかぁ。
早く帰ぇってこい、ヅラ。一日も早くおれんとこによ。

おめぇもまだ俺を愛してくれていると知った。だから、もう離れて生きていけねぇ。


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