「なぁ、もう行かなきゃなんねぇの?」
いつの間にか目を覚ました銀時が、さもそう聞きたそうな風情でおれの方を見つめている。ついさっきまであんなにおれを好き勝手に翻弄した男とは思えない気怠そうな様子だ。
寝転がったままの銀時の顔は、どこか不服そうで、いつもよりも随分と幼い。
そのくせまだ夜着すら纏わぬその肢体は、どこまでも精悍でそのあまりのギャップに何故か羞恥すら覚えてしまう。
…なんだか切ない。

離れても〜hanaretemo〜

「ね、今度はどこよ?」
着替えを終え、荷造りまでを始めるおれに、銀時が尋ねてくる。
おまえが攘夷からは一切身をひく決意を固めていることを知って以来、おれがその手の話はしなくなったことに気付いておるだろうに。
おれがたまに「攘夷に」などと言う時は、ただの軽口にすぎない。それも知っておるはずだ。
たまに、おまえの方から尋ねられても、貴様には関係ないであろう?との表情を見せれば、おまえはそれで全てを察する。
今やおまえは門外漢なのだから。
それでも知りたいなどというのは、身勝手だとも解っておろう?
「ん?知ってどうする?」
それでも、先ほどの幼い表情に負けて聞き返してしまった。
「別にぃ。どんな土産買ってきてくれるのかなって気になってよ」
おまえは、なるべく無関心な様を装う。実に解りやすい男だ。
「そうだな、どうせ甘味か酒しか喜ばんのだろうから、今回は柚子最中でも期待しておけ」
菓子の名で行き先が紀伊と見当がついたはず。実際、紀伊はあくまでも最終目的地だ。だから、土産はそこで入手することになるだろう。そこに至るまでの逗留予定地ー京や大坂ーまで教える必要はない。余計な気をまわさせ、落ち込ませることになる。
「ええー!銀さんは、もっとこってり甘いのが好みですよ。釣り鐘饅頭とか釣り鐘饅頭とか、釣り鐘饅頭とか」
「やかましいわ!あれは餡の量が多くて重いので、持ち帰るのに苦労するんだ!」
ああ、やってしまった。これはまるで、土産を持って行くのが万事屋だけではないと白状したようなもの。
案の定、銀時の表情が一瞬険しいものになる。
が、それ以上は追求されなかった。やれやれ。
「おれは先に出る。火の元にさえ気を付けてくれれば戸締まりはしなくてよい。じきにエリザベスが留守番に来てくれる」
これ以上余計な詮索をされぬうちに、とおれは急いで出て行くことにする。
「おめぇ、あの化け物置いてくのか?」
不自然なまでに驚く銀時。またなにかよからぬことでも考えておるのだろうか?まったくこの男は!
「化け物じゃない、エリザベスだ!」
おれはそれにも気付かぬふりを続ける。
「珍しいじゃねぇか、あいつ金魚のふんみてぇにいっつもおめぇにくっついてるのによ」
完全に拗ねている。長く深い付き合いだから、それくらい感情の動きは手に取るように解ってしまう。お互い様だが。
「ま、色々とな」
それっきり、おれは立ち上がる。金魚のふん発言はスルーだ。これ以上その件については何も言う気はないという意思表示、おまえはそれを正しく理解した。
「おれぁ、もう一眠りしてから帰ぇる」
そう言っておれに背中を向けて二度寝するふりをする。拗ねているとその背中が雄弁に語る。
おれが出て行くところを見たくないわけだ。解るさ、おれもいつもそうだからな、銀時。 そう思うとなんだか少し可哀想になってしまい、静かに銀時に近付いた。
「そう拗ねるな。出来るだけ早く帰る」
そっと告げて、耳元に唇を押しつける。銀時の肩が小さく揺れた。
「…おう。約束、破んじゃねぇぞ」
甘えたような、それでいてぶっきらぼうな声。
それにこたえることは出来なかったけれど、その言葉は心に刻み込んだ。ああ、できるだけ早く帰るとも。
おれは扉を開け、すぐに閉じると、さっさと歩き出す。

10、15、20m…角まで来た。そろそろ頃合いを見計らった銀時があの家から飛び出してくるだろう。
隠れてその様子を見たい気もしたが、悪趣味なのでやめておく。
無事に戻れそうであれば、釣り鐘饅頭も買って来ようと決めてしまうと、おれは今からの予定を反芻することに集中した。

おまえもまだおれを愛してくれていると知った。だから、もう離れていても生きていける。


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