「情偽」後編
どうやらあん時、引き千切っちまったみてぇだな。
銀時はやっと手の中の凶器の正体に思い至った。
鞐、なのだろう。
正確には覆輪と呼ばれる鞐の周囲の端部分。大きさといい丸みを帯びている形状といい、それに違いない。
となると。
……やっぱ変だよなぁ。
そこいらで気軽に買える足袋なら、覆輪が外れたりすることなどあり得ない。一般的な流通品はそれらしくプレス加工されているだけで、こんな風に覆輪だけが外れたりすることはないわけで。
こんなとこまで金かけてやがったとはな。シカトされると解ってても、問い詰めとくんだったか。
昨夜もおかしいとは思ったのだ。
なにしろあの足袋にしろー
「ちょ、なにこれ?」
剥ぎ取った足袋を手にして、銀時は軽く驚愕の声を上げた。
「足袋だ。決まってるだろう」
桂が忌々しげに即答した。組み伏せられたままの不自然な体勢が不服らしい。
「んなの十分承知してますぅ。おれが言いたいのは、メイドイン何処製ですかってこった。山城とか丹波とか丹後とか」
「なんでその辺り限定なんだ」
「だって杉底じゃん、これ。この辺のは大抵雲斎底だってことくれぇ、おれだって知ってる」
だからといってだなーと言いかけたものの、桂はそれきり口を噤んでしまった。何を言っても詮無いことだ、とばかりに。
またまた大当たり。
今更桂が何をどう取り繕っても、無駄なのだ。
既に銀時は、勝手に答えを導き出して拗ねているのだから。
杉底の足袋は、何よりも雄弁に桂が西ー多分それは京とか京とか京のはずだ!ーからの帰りであることを銀時に告げてしまった。
ならば、桂がどんな話しを持ち出しても無意味。それが真実であってもなくても、銀時が心の底から信じることができるはずもなく、ひとたび抱いた疑念がきれいさっぱり晴れることなどありえない。欲するままに桂を抱き、この寂寥感を埋めるまでは。
「おれ、ひょっとして盲牌くらい簡単にできんじゃね?」
「……くだらん」
他愛のない遣り取りを最後に、銀時はひたすら桂を貪り始めた。
「き、さま…ぎ、ん……とき」
桂があえかに喘ぐ度、己の名を呼ぶ度、欲望が間歇的に身体の奥底から突き上げてきたが、銀時は屈することなくぬめるような白い肌をただ責め続けた。
やがて、十分すぎる刺激に倦み疲れ、果てを求める桂の喘ぎが懇願に、懇願が哀願へと変わっても、唇で、指先で、掌で愛撫だけを与え続け、執拗に苛んだ。
そう簡単に楽になんてしてやらねぇ。
おれだって、我慢、してんだから、な。色々、と!
銀時の忍耐が限界を迎え、ようよう桂をもどかしさから解放してやったのは、いつだったか。
愛おしくも憎らしい痩身に深く身を納めた刹那、獣じみた喜悦の声を漏らしたのは己のみで。
唾液と汗と、多分涙とで額や頬に張り付いた髪をかき上げてやっても閉じられた瞼が開かれることはなく、琥珀の瞳が自分を映さないことに軽い苛立ちを覚えたまま
桂の隣に身を横たえたのはつい先ほどのような気がするのは錯覚だろうか?
気付いたら、またいなくなってやがった。
こんなもんだけ置いていきやがってー
銀時は戯れにそのしなやかな髪を、くるくると怪我を負った人差し指に巻き付けてみた。固まりかけた血を避けるように螺旋状に巻かれた絹糸は、
赤い血と見事なコントラストを見せることで意外な存在感を示し、まるでまじないのための呪具のように銀時には思えた。
なにやってんだ、おれ。
くだらねぇ。
けれど。
長きにわたる不在中、どこでなにをしていたのかとは素直に問えず、問うても答えてはもらえぬと解っている境涯の違いはいかんともしがたくて。
自分に出来ることといえばこうやって一見莫迦にも思える遣り方で、彼を偲ぶことくらいで。
ああ、会いてぇな。
いつもの桂に会いたい。
着た切り雀の水縹。それが似合いの質朴な桂を思い浮かべながら、銀時は人差し指をじっと見た。
すぐに会えるだろうか。
きっと会える、と銀時は断じた。
律儀に土産物を抱えながら、昨日のことなど何処吹く風、桂は恬然とした様で改めて自分の元を訪うに違いない。
おれだって。
新八や神楽にはこっぴどく叱られるだろうが、かまわない。
「土産だけ置いて帰りやがれ」
素知らぬ顔で言ってやる。
それが昼間のおれらには似合いの境地。
だからー
来い、桂。
早く、来い。
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