「鈍色の」 前篇

鬼と忌み嫌われ、身を潜めるようにして生きてきた時期があったからだろう、銀時は隠れんぼはずっと得意だった。
遊びで身を隠し、自分を必死に探している鬼役の様子を窺うのはそれなりに楽しかったけれど、いつまでも見つけてもらえない心細さの方が勝っていた気もする。 実は、そのあたりのことはよく覚えていない。 なにしろ、いつだって鬼は銀時を見つけられぬまま、 夕暮れ時になるとあっけなく子どもに戻ってしまい、さっさと自宅へと帰って行ったしまったので。 そんなこととは露知らぬ銀時は鬼を待ちくたびれて眠ってしまい、日がとっぷり暮れてから先生に見つけ出され、気がつけば布団の中だったりしたこともあった。
最後まで諦めずに自分を見つけてくれた鬼は、先生を別にすると高杉だけだった。桂ではなく高杉というのは銀時としては甚だ不本意だったが、残念ながら桂はとびきり鈍臭い鬼たちの一人でしかなかった。 そのくせ、「どんなことでも途中で投げ出すのは嫌だ」と言い張る頑なさに、焦れた高杉が銀時を先に見つけてしまうのがお決まりのコース。

ある時、そのことで銀時は高杉から文句を言われて喧嘩になりかけたことを記憶している。 暗くなっても隠れ続けていることを迷惑だと言われるだけなら、謝るなりはぐらかすなりして軽くかわせただろう。 が、そうではなかった。

そのはたまたま機嫌でも悪かったのか、「せっかく隠れ続けているものを、いつもいつもおれが見つけることになって悪いな」 高杉には珍しい持って回った言い方をされ、自分でも頭と顔に血が上るのが解った。密かに(今度こそ桂に見つけてもらいたい)と願っていたことを 看破されていただけでも十分に恥ずかしいのに、それをあえて桂の前で口にする意地の悪さときたら!(ついでに言うと”いつも”を繰り返したのも気に入らねぇ!)
やっとの思いで「そんなことねぇよ」とだけ返したが、銀時の様子を窺っているらしい高杉のしたり顔を目にしたとき、もっといいい返し方を思いついた。
「んにゃ、あんがと。気がついたら先生に抱きかかえられて家ン中ーってのも毎度じゃさすがにまずいしよ」 と銀時が答えたときの、高杉の顔に浮かんだ表情は今でも忘れていない。羨望を通り越したあからさまな嫉妬。
咄嗟に殴られるのを覚悟したが、幸い、桂が「それを謝るならおれの方にだろうが!おれの役目を邪魔しおって!」と高杉に絡み出し、銀時には「貴様、先生にそんなご迷惑をおかけしているなんてあり得ぬ!」と憤慨した結果、それぞれの 本音をちょっぴり代弁する形となったことで、大きな火種になるところだった小さなもめ事は、一気に鎮静化した。
その後は三人、口々に好き放題。
「それにしても銀時は隠れるのが上手いな」
「ばぁか、おれが上手いんじゃねぇよ、ヅラが探し下手なんだ」
「ヅラはちょっと注意力が足りないんじゃないのか?」
「こいつには毛髪も足りてねぇよ、晋ちゃん」
「おれはヅラじゃない!」
「おれを晋ちゃんなんて呼ぶな!」
ー仲良く喧嘩しながら、夕餉に間に合うよう家路についたのだけれど……。

あの頃は高杉もまだまだ可愛かったよな。
性格と口に出す内容はともかく、言葉遣いも丁寧でよー等と、珍しく平和な子ども時代のことを思い出したのは、参道の人混みに桂を見つけたせい。
今まさに新年を迎えようかという大晦日の夜、いっそのこと除夜の鐘のついでに初詣まですましちまおうという銀時の提案で、新八と神楽の三人で神社に向かう途中のこと。
鐘の音も掻き消さんばかりの喧噪の中、桂のいるあたりだけが静謐を保っているように見えてしまうのも幼い頃から変わらない。

こんな人混みでなんで見つけちゃうかな、おれ。探してたってわけでもねぇのに。
ヅラの方はおれを見つけんのがド下手くそで、ガキの頃はいつも晋ちゃん頼りだったってぇのによ。

銀時の胸の裡などーそれどころかその場に銀時がいることすらー知らないだろう桂は、いつも通り真っ直ぐに前を向き、周囲の流れに合わせてゆっくりと歩を進めている。

年末は忙しいとかでちっとも現れなかった癖に、指名手配犯が暢気に除夜の鐘突きとしゃれこんでんじゃねぇよ。それともなにか?初詣で日本の夜明けでも祈願するつもりですか、このやろー!
なんでもいいからこっち見やがれ、莫迦ヅラ!
なんでおればっかりがてめぇを見つけてんだよ!マジ腹立つ!

気づけ、気づけと念じながら、子どもたちに悟られない程度に桂の方を注視していた銀時だったが、境内近くまで歩を進めたとき、その視界の隅に見知った人物を捉えた。 大きな体躯と禿頭で人混みですら目立つ男は、隊服姿を確認するまでもなく公僕の一人。いざ鳥居をくぐってみると、ちらほらとその男以外にも見慣れた顔が紛れている。 この人混み、大晦日の夜、当たり前と言えば当たり前なのだが、やはりいい気はしない。

「あれ、原田さんでしたよね。あっちには山崎さんも。みなさんこんな時にーいや、こんな時だからこそですね、大変だなぁ」
「向こうにマヨもいるネ、帰りにまたあいつらの顔見ることになると思うとゾッとするアルな」
銀時の視線に気づいたらしい新八と神楽が口々に言うのに、「すまじきものは宮仕えってな」銀時も軽く答えることが出来た。普段ならともかく、今は桂の心配はいらない。 この人混みでは、追いつ追われつの追いかけっこはできっこない。逃げづらいが、追いづらくもある。 隠れんぼの鬼としてはダメダメだった桂も、鬼ごっこではその俊足のお陰で逃げても追っても最強だった。こんな状況であんな連中に捕まるわけもない。
それでも、山崎や原田と違って土方だけはーと向こうに気取られないよう注視していた銀時は、そこで信じられないような ものを見た。
ほんの一瞬のことで、偶然にも誰かが土方か桂のどちらかに注意を向けていたとしてもそれと気づかなかっただろう。だが、銀時は見逃さなかった。
土方と、その横をゆっくり通りすぎる桂との視線が交わったことを。にも関わらず、土方が桂をまるで”いない者”のように完全にスルーしたのを。

逃げも隠れもせず、泰然としたまま土方の前を素通りする桂。これはいつものことだ。問題は、追いかけるそぶりどころか、桂に気づいたことすら面に出そうとはしない土方のほうにある。
あまりといえばあまりな不自然さに、銀時は目の前で捕り物が始まった方がマシだった、とさえ思う。

一体なんだってんだ……。

「わぁ、銀ちゃん雪あるヨ!」
「急に冷え込んできたと思ったら!早くお参りして帰りましょう」

寒い寒いと言いながら、空を見上げて目に入る雪にはしゃぐ子どもたち。楽しげな歓声も、既に百近く打ち鳴らされた鐘の音までもが、銀時には耳鳴のようにぼんやりと耳障りに響いていた。

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