「あれっ?」
「む?」
「あー?」
その時、僕らは三者三様の反応を示した、はずだ。

転生郷の後遺症も随分快癒し、久し振りに買い物に行く銀さんにくっついて外の世界を満喫していたぼくは、 前方から歩いて来る、今では充分見知った顔に驚いた。
桂さん!
え、なんで?
なんで指名手配犯がこんな白昼堂々歩いてんですか!
白衣の上に直綴、ご丁寧に如法衣を重ねた服装だけを見たら立派な僧侶ですけど。
でも、編み笠被ってても長い髪が丸見えなんですけどぉぉ!
確かに、初対面(対面?)の時もそんな格好だったけ・ど・も!!
そんな坊主いねぇよ!
いくら生臭でも程度があるだろ!
それで変装してるつもりかあんた!
遠目でも、一目で判るわ!
あの銀さんとお揃いっぽかったキャプテンの仮装と大差ないよ。めちゃくちゃ浮いてるよ!

桂さんがすぐ側まで来るほんのわずかな間にもう、ぼくの脳内はツッコミの嵐だ。
「もう外を歩けるようになったのか。それは重畳。安心した」
その心中も知らず、桂さんはぼくに視線をしっかり合わせてかすかに微笑んだ。
(あ、笑うとなんか可愛いかも……て、えぇぇぇぇ!?)

お空のお城

「なにやってんの、ヅラぁ?」
「散策だ。てか、ヅラじゃない、桂だぁ!」
もう!そんな大声で名乗るってどうなんですか!
「てか、とにかく、だ。あれだ、ほら、おまえの爆破未遂でケーサツの お世話になって大変だったんだぜぇ、おれら。だから、なんか奢って詫び入れろや」
む、仕方がないーなんて少し唇をとがらして見せる偽坊主。あんた、やっぱ変。
「あの元気の良い娘御の姿が見当たらないようだが、それでもいいのか?三人揃っている時の方がよいのではないか?」
「いや、銀さんそこまで鬼じゃないから。あいつの分は素昆布で手を打ってやるよ」
神楽ちゃんの無間地獄のような胃袋を知らないテロリストは?とばかりに小首を傾げた。
おい、やめろよ!ちょっと可愛いから…って、銀さん、なんであんたまでぼくの隣で固まってるんですか!
「どうしたのだ、二人とも?で、おれは何をすればいいのだ、銀時」
あああ、また傾げちゃったよ。なんかやばいよこの人!

「それはなんだ、銀時?」
銀さんが桂さんを引っ張ってきたファミレスで、ぼくたちはボックス席に仲良く座っていた。
ぼくと銀さんが並んで座り、桂さんがその正面。
笠をとった桂さんを間近でみると、その容貌がめちゃくちゃ整っているのに今更ながら驚かされる。
桂さんはそのやたらと綺麗な顔で、銀さんの前に運ばれてきたパフェを瞬きもせずに見つめていた。なんか怖い。
「なんだ、ってパフェじゃねぇか。知らねぇのか、おまえ、ここのは特別美味いんだぜぇ」
いやいやいや、テロリストがこんな店にで堂々とパフェ食べてるなんておかしいでしょ!
「ここにはよく来るのだが、それは食したことがないな」
っていうか、来てるんかい!しかも”よく”ってなんだよ。常連?
「…やらねぇぞ」
子供か、あんたは!
「食したいわけではない。だが銀時、そのあいすくりんの上に乗っかってるものはなんだ?」
あいすくりんって何だよ!
ってか、あんた、アイスの上にのせられている飾り物のことを気にしてるんですか?
パフェのアイスの上には、神楽ちゃんがいつも持っている傘そっくりの、それのミニチュア版のようなものが差してある。 どうもそれが気になるらしい。
「なんだよ、欲しいのか?」
んなわけないだろぅぅぅ!
「え?いいのか?」
欲しいんかい!
ほれーと銀さんが、傘の柄の先についているアイスを舐めてから、桂さんに渡してやる。
「…………………」
桂さんはほのかに頬を染めて、じっと手の中に収まった傘を見つめている。
そして、二、三度パチパチと瞬きをしたと思ったら、つ、と顔を上げてにっこり…邪気の全くない顔で笑った。
銀さんが再び、ぼくの隣で固まったのを感じた。
けど、銀さんだけじゃない、その時、たしかにぼくも得も言われぬ感情にとらわれていたわけで…。
ほんと、なんかこの人やばすぎないか?
実に嬉しそうに、傘を閉じたり開いたり回したりして自分のコーヒーに口をつけない桂さんを、銀さんがせっついてせっついて、どうにかぼくらは 頼んだ品を腹中に収めきった。

「ありがとうございました、桂さん」
全ての代金を支払ってくれたのに、一向に礼を述べようとしない銀さんにかわってぼくがそう言うと、
「いや、こちらこそ、あの時はすまなかった」と桂さんも改めて頭を下げてくれた。
なんだ、この人まともなことも言えるんだ。
「素昆布は、今度おまえの家に届けさせよう」
あ、神楽ちゃんのことも忘れてない。律儀な人だ。
「おまえねぇ、何様気取りですか?それくらいテメェで届けろや」
「…しかし…」
何か逡巡しているらしい桂さんに、銀さんが言いつのる。
「なんせ家には定春っていうでけぇ犬がいるからよ、そこらの奴じゃ、危なくって近づけられねぇんだよ」
「おお、あの犬はさだはる殿というのか!白くてもふもふで、スリスリしたり、抱き抱きしたら最高の手触りだろうな!うん、わかった。おれが行こう!」
あ、なんか桂さんの目の中にハートが乱れ飛んでるのが見えるんですけど…眼鏡、買い換えよっかな…。
「なんだ、おまえ定春知ってんのかよ?いつの間に!」
「うむ、この前、春雨のことでおまえの家に行ったのだ。その時は、もうすでに時遅しだったのだが…。で、手土産を差し出したところを頭からガブリとな」
「ガブリじゃねぇよ!なんでそんな回想でうっとりしてんだ?なんでそんな嬉しそうなんだ!」
…同感です、銀さん。この人、やっぱ色んな意味でやばいです。

ふふふ、と思い出し笑いをしながら上機嫌で去っていく桂さんの後ろ姿を、ぼくらは並んで見送った。
その指にはまだあの傘があって、やっぱり嬉しそうにくるくる回している。


「ほんと、あいつと一緒にいると疲れんだよなぁ」
ほとほと嫌気がさしたように吐き捨てる銀さんに、でも、だったらなんで誘ったんですか?とはなぜか言えなかった。

※タイトルは、うろ覚えですが川原泉さんの作品から拝借しています。
「殿様は空のお城に住んでいる」というようなタイトルで、ふわふわしたお殿様のことを
「空のお城に住んでいる」と表現されていたような?


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