「アリ?そばなんてメニューにあったっけ?」
「食べてみる?」
ラーメン屋に蕎麦。その不自然さで、気付くべきだったんだよなぁ。

手繰る

「ラーメンが食いてぇからラーメン屋に来たわけだからよぉ、今から蕎麦に変えるってのもなぁ…」
「そ?じゃ、いつものでいい?」
「お、頼まぁ」
にしても店の外にいたアレといいこの店の新メニューといい、なんだか思い出しちまうじゃねぇか。
最近、あいつに会えてねぇ。
よく偽坊主が座り込んでいる橋の上にも散歩のふりして行ってみた。
あの化け物揃いの倶楽部にも、呼び子のバイトをしているのを見掛けたことのある街角にも。
でも、全部空振り。
そりゃ、会う約束なんてしてねぇし、会ったら会ったでうざい話を聞かされることが多くてウンザリすんだけどよ。
でも、この頃は日に日に押しかけてきてたもんだから、こう、ピタッと足が途絶えると、妙に静かすぎるというか、もの足りないっつーか、淋し……ないないなーい、それはなーい!

あ、おれ今何考えてた?
ねぇ、違うよね、気のせいだよね?
誰か違うと言ってくれえぇ、300円あげるから!

「違うわよ」
「へ?」
「誰かに違うって言って欲しかったんでしょ?はい、とんこつ一丁!」
えええええ、声出してたのおれ?超気まずいじゃねぇか!とっとと食って、退散だな、こりゃ。
「ちょっと銀さん、なに焦ってんの?」
え?わかるの?
「わかるわよ」
わ、心の中読まれちまいましたよ、なにこの人!
「なにを焦ってるのかは知らないけど、300円くれるかわりにつきあってよ」
はいぃ?
なに?
デートのお誘いですかぁ?
おれは、どっちかっつーとこういうキリッとしたタイプより、可愛い系のお姉さんの方が……まぁ、はっきり言って結野アナみたいなタイプの方が…。
幾松ちゃんみたいなのが好きなのは、どっちかっつーと…って、また思い出しちまったじゃねぇか!!
「なに考えてんのかは知らないけど、違うわよ。ただ、300円払ったつもりで蕎麦を試食してみて欲しいだけ」
まだ、誰にも食べてもらってないのよ…と気のせいかも知れねぇけど、少し寂しそうで気にかかる。
「なんだよ、そんくれぇお安いご用だ」
ありがと…と少し微笑む姿も、どことなく…。
……あん時、仏心を出さず、店を出りゃよかったのによ。

はいよ、と手際よく打たれて出された蕎麦を手繰る。香りといいのどごしといい、結構いける気がした。
「結構美味いじゃん、これ」
「そお?」
お、今度はなんか嬉しそうで、なにはともあれ良かったんじゃね?
「生憎おれぁ蕎麦通じゃねぇから、細けぇとこまではわかんねぇけど、知り合いに蕎麦ばっか食ってる蕎麦の化け物みたいなのがいてよ、ちょくちょく一緒に食うもんだからおれも舌は肥えてんだよね。これなら充分いけてると思うぜ?」
「本当?…実はちょっと、迷ったのよね、ラーメン屋に蕎麦なんて」
「でも、メニューにのっけちゃったんだ」
「そ」
「誰か、食べに来るあてでもあんの?」
「…ないけど」
お、微妙な間。これはひょっとすると…ひょっとしねぇ?
「ふーん」
「あ、銀さん、なににやにやしてんの?違うわよ!」
「なにが違うのぉ?」
もう、とおしぼりを投げつけられちまったけど、気の強そうなお姉さんが照れてるってのはなかなか可愛くて微笑ましい。
「でもよ、まだ誰も食べてないって言ってたよな?」
「そうよ」
「…待ってんの?」
ううん、と首を振る。
「本当よ、待ってるんじゃないの。ただ…」
「ああ?」
「ラーメン屋で聞かれもしないのに自分の好物が蕎麦だなんて宣言するような人だから、仕返しにいつか美味いの食べさせてやって驚かせたいだけ」
「へーえ、変わり者なんだな、そいつ」
「そ、変な人」
「あー、おれがさっき言ってた蕎麦の化け物も変わってんだ。なんかこだわるタイプっていうかさ」
「一緒ね。変なことにこだわるのよね」
「そ。執着するっていうかさ」
「わかるわ」
「言うことがいちいちうざくって、おまけにくどい」
「ほんと、同じだわ」
「扱いづらいったらありゃしねー」
「でも、呆れるほど素直だったりもするけどね」
「ああ、そうだな。ガキなんだよな、要するに」
「思ったことをすぐ言っちゃうとこなんか、そうだね」
「そそ。そのくせ、大事なことはこれっぽっちも言わなかったりするんだよなぁ」
「ほんと、世話が焼けるったら」
「同感」
はぁ、とおれたちはどちらからともなくため息をつく。
「でもよ、だからこそ余計に、放っておけねぇときがあんだよな」
「大事な友だちなんだ?」
「友だちなんかじゃねーよ。幼なじみの腐れ縁」
「へぇ、そんな人がいたんだ」
「昔っからうぜぇのなんのって」
でも、そんな人がいるなんて羨ましい…と幾松が言う。
大事にしなきゃだめよ、銀さん、とも。
「大事にしたいのは山々なんですけどねぇ、おれの言うことなんざこれっぽっちも聞きゃしないんですぅ」と大げさに肩をすくめて見せた。
あらあら、大変ねとくすくす笑う。
「ま、今度機会があったら、連れてくらぁ。でも、そん時は蕎麦じゃなくてラーメン食わせるけどね、おれ」
「あら、どうして?蕎麦が好きなんでしょうその人」
「蕎麦みてぇなもんばっか食ってるから、身長おれと殆ど変わらねぇのに、体重は10キロも少ねぇんだぜ、そいつ」
「細いわねぇ。…ひょっとして女の人なの?」
「いいや。確かにみてくれは女みてえだけどな。手足も細えし。その上色も白いもんだから、なんかひょろひょろでよ。そのくせ意外にハードな生活送ってるもんだから、もっとガッツり食わせたいの、おれ」
「…それは…確かに心配よね…」
幾松が少しだけ変な目でおれを見ている…気がする…。幼なじみの話にしちゃ、ちょっと力みすぎてたかな、おれ?やっべー。
当初の予定通り、早々に退散するのが良いかもしんねぇ。長居は無用。
「ま、そん時はよろしく。蕎麦はほんと美味かったぜ」
それだけ言って、さっさと代金をカウンターにおいて立ち上がった。
「まいどありー!」
いつも通りの元気な声が背中に返ってくる。
やれやれ勘ぐりすぎだったかな……と引き戸を開け暖簾をくぐろうとした時、
「あのうざいロン毛によろしく言っといてね」だと。

……あーあ、おれに会いにも来ないで、こんなとこでなにやってたのヅラぁ?


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