花冷

そよそよと風が頬を撫でるのを半ば覚醒しつつある頭の隅で感じながら、銀時はうっすらと目を開けた。
どうにか確認出来たのは見慣れた自室の天井と、その木目が見えるか見えないかという薄ぼんやりとした中途半端な闇。
身体を動かさないよう気を付けながら隣にあるはずの体温を感じようと意識をこらしてみても、あるのはただ空のみ。
そんなこと、とっくに知っていたはずなのに…と、どこか己が未練を面白がりつつも、清冽な空気の中に終い桜の甘い香がうっすらと混じっていることにさえ気づかないほどには落胆していた。
ああ、やっぱり。
もう行っちまったのかよ……


明日は早いだの、次は必ず土産を持ってくるから離せだのグダグダ言うのをまるっと無視して、薄っぺらい寝床に引きずり込んだのは、つい数時間前のはず。
そっと掌をシーツの上を滑らせて感じ取った温みは現実の物だろうか、それとも…?
誰に聞かせるでもないのに、わざとらしく寝苦しげな呻きをあげて寝返りを打ってはみたものの、やはり判らない。
けれど
求めたものは得られなかったが、風が運んできた花の気配には気付かなかったこの男も、今度ばかりはそこにかすかな残り香を 認めて思わず頬をゆるめた。
例え人一人の温もりは得られずとも…。

ったく、相変わらず逃げ足の早ぇこった。
そうでなきゃ困るんだけどよ。
幼子が母の胸に抱かれ安らぐように、銀時も鼻先をシーツに押し付けるようにながら再び眠りについた。

瞼の裏には、白々明を一人行く影。
真っ直ぐ背筋を伸ばして、迷いなく歩み続けている。
どこまでも

きっと
どこまでも


戻る