「おーい、おめぇら、気合い入れて片付けろよ!」
「はい、銀さん」
「まかせるアルよ!」
威勢の良い返事が返ってくる。
おれたち三人は、朝から必死で大掃除の真っ最中。
きれい好きの新八が日頃こまめに掃除をしてくれているとはいえ、 なにしろメインで生活しているのがおれと神楽だ。散らかさない訳がねぇ。
普段はそこそこの清潔さで十分だが、今日ばかりはそうもいってられねぇんだ。

「陽溜まり」

もうすぐ、ヅラが退院してくることになってる。
病室からペンギンお化けと長谷川さんが護衛について、そのままタクシーでうちまで直行してくる手はずだ。
タクシーの運ちゃんは長谷川さんの元同僚で、警察にたれ込む心配はねぇ。
ヅラは、散らかった部屋にいると落ち着かないとか言って、さっさと片付け始めかねない奴だ。
いつもならありがたく好きにさせておくのだが、今回ばかりはそういうわけにもいかねぇ。相手は手負いだ。ここでしっかり養生してもらおうってのに、それじゃいくらなんでもあんまりなので、おれたちは今日一日あいつのために勤勉に働いている。
なにしろ、ケガをさせたのはおれたちプラス長谷川さん。
いや、本当はあの病院の婦長だけどね!
でも、切欠を作ったのは紛れもないおれたちなわけで…。
みんなで誠心誠意謝りたおし、下へもおかぬ丁寧さで扱わないとペンギンもどきに殺されかねない。
第一、ヅラの機嫌の悪さがマックスに達すると、さすがのおれでも扱いあぐねる。

「しかし、なんでエリザベスなんだよ!」
そもそも勘違いなどしなければ、こんな事にはなっていなかったはず。なかなか落ちない窓硝子の汚れに辟易しながら、つい愚痴もこぼれる。
「さぁ、なんででしょうねぇ…。あんな可愛い人なのに、趣味が変わってますよね」
客用の布団を干しながら、新八も不思議そうにこたえる。
「銀ちゃんや新八は、エリザベスじゃ不満アルか?ヅラが相手のほうが良かったアルか?」と、子供の残酷さでさらりととんでもないことを言う神楽。
「そういう意味じゃねぇよ」
勘違いだったと解った時の奇妙な安堵感、おまえらには解らねぇだろうよ。
「エリザベスが悪いとか言ってるんじゃなくて、意外だったなってことだよ、神楽ちゃん。だって、ぼくたちは桂さんがとっても変な人だって知ってるけど、見た目はいいし礼儀正しいから、中身を知らない人が一目惚れするのは充分ありだと思うよ」
新八くん、それって評価が高いの?低いの?
でも、言えてるわなぁ。
そういう奴だな、ヅラ。
庇いきれないよ、銀さんも。
「わたしはヅラが相手の方が良かったと思ってるネ」
「なんでそう思うんだよ?」
新八がギョッとしたようにおれの方を見た。
ひょっとしたら、少し言い方に険があったのかもしれねぇ。
子供の言うことに、不機嫌になるのを抑えられなかったらしいおれの不覚。
やれやれ…。
「相手が本当にヅラなら、まだ謝りやすかったアル」
ああ、そうか神楽。おめぇもやっぱり気にしてたんだな。
「そうだね、入院させておいて『勘違いでした』じゃあね…」と新八。
おれたちは忙しなく動かしていた手をしばし休めて大きく嘆息した。
あの後、すぐに謝りに行けば良かったのだが、おれたちも相当深手を負わされていたし、ペンギンもどきがおれたちを近寄らせないようにデートの合間合間にきっちりみはってやがって、叶わなかった。おれたちが退院する時も、ヅラは検査だかなんだかで部屋にいなかったし。
こういうの、日が経つにつれて謝りにくくなんだよなぁ。
「で、でも大丈夫だよ。桂さん、許してくれるよ。ね、銀さん?」
おい、おれにふるんじゃねぇよ。でも、ま、多分…
「そうだなぁ、ま、おめぇらは許してもらえんじゃね?あいつ、おめぇらには甘ぇし」
「…そうアルな、ヅラは馬鹿アルからな」
どこか悲しそうな顔で言う神楽。
おめぇがそんなに気にしているなんて知ったら、ヅラの奴は一も二もなく折れるだろうよ。
それどころか、おめぇや新八それに長谷川さんなんかみじんも恨んでない可能性だってある。
そう。
やばいのは、おれですよ!
こともあろうに恋人に彼女を紹介しようとした挙げ句、ケガをさせて入院させちまったんだ。
メインの実行犯じゃないとしても、これはそうそう簡単に許されない行為だろう。
いやいや、それより”やう゛ぁい”のは、溺愛するペットに彼女を紹介したことかもしれねぇ。
あいつの思考回路は特殊だ。神楽流に言うと馬鹿だからな。

「銀さんいるー?」
おれたちが三人三様の不安を抱えながら、ヅラを迎える準備を整え終えて随分たった頃、やっと長谷川さんの声が聞こえてきた。
はいはい、いますよ。
いないわけねぇじゃん。
ヅラを引っ張ってこさせといて留守なんて、どんだけ心臓に毛が生えてりゃできるの。
へーへー、遅かったじゃねぇか、なにやってたんだよ?と、待ち受けていたような素振りをみせないように気を付けながら、玄関まで迎えに出た。
「ヅラぁ?」
「桂さん?」
「どうしたアルか?」
そこに長谷川さんと一緒に立っていたのは、不機嫌さを絵に描いたような男でも、いつもの仏頂面をした男でもなく、なんだかトロンとした表情をしたヅラだった。
「どうしたのよ、これ?」
長谷川さんの方に目を遣ると、長谷川さんは冷や汗をかきかき、「や、桂さんが銀さんとこには行かないってあんまごてるんでね、運転手に頼んでその辺でたらめに走り回ってもらったのよ。そしたら運悪く、あちこちで真選組見掛けちゃって、いちいち頭を下げてもらったり上げてもらったりしてたら軽く酔っちゃったみたいで…」
おいおい勘弁してよ。
また後で嫌味言われるのおれなんですよ!
で、やっぱりおれには会いたくないわけですか…。
だろうね…。
「だから、すぐ寝かせてあげてね」
なんて調子の良いマダオはそれだけ言うと、とっとと逃げ帰りやがった。覚えてろ!
「桂さん、とにかく上がって下さい。お水、もってきましょうか?」
「こっち来るネ、ヅラぁ。とにかく横になるアル。草履はちゃんと脱ぐアルよ?」
子供達はかいがいしく世話を焼き始める。よーし、GJ、いいぞおめぇらその調子だ!

え?
ええ?
「ちょ、ちょっと、なにこれぇぇぇ?」

三人の後を追いかけて寝室にも使っている座敷に足を踏み入れると、ふっかふかになった客用布団が既に敷かれている。それはいい。けどなんでおれの布団の隣?しかもピッチリと隙間なく!? 
「銀ちゃん、しっかり謝るアルよ」
「桂さんにちゃんと誠意を見せて下さいね」
あのー、どういう意味ですか?
なんかこういう光景見ながら言われると、勘ぐっちゃうんですけど?
深読みしちゃうんですけど?
なにで謝れって?
なにで誠意をみせろって?
もしかしてナニのことですか?
いやいやいや、違うよね?
おれが汚れてるだけだよね?
誰か違うと言ってくれ、300円あげるから!
呆然としているだろうおれとヅラを置いて、ガキ共もマダオ同様さっさと消えてしまった。
二人の顔になんだか意味ありげな笑みが張り付いていたようなのは、おれの気のせい?
どうしよう?
マジで?
まだ夕方なんですけど?
え、いいの?
おそるおそるヅラの方を見ると、相変わらずトロンとした表情のまま。
覇気もねぇし、ちょっと目が潤んで可愛くね…ってダメダメ、姿が見えないだけで、まだ子どもたちはその辺にいるんだからな!
「銀…時」
小さく呼ばれて次の言葉を待っていると…ねむい…と一言。
誘ってるわけ?
それ誘ってる?と軽くパニックになっていると、ヅラはさっさと布団に潜り込みやがった。
「おーい、ヅラくぅん。それ、銀さんのお布団ですよ。おめぇのはこっち。ちゃんと干してあっからふっかふかよ?こっちで寝なさい」
せっかくそう言ってやるのに、華麗にスルー。あまつさえ
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」って…。

おいおい。
どんな顔で、どの口でそんなこと言いやがる?
布団から顔出して、ちゃんと銀さんに見せなさい!

あー、はいはい、やっぱおめぇ馬鹿だわ。
おれに会いたくなかったんじゃねぇの?
怒ってたんじゃねぇの?
なのに。

こっちの、がいい。
貴様の…匂いがしてなんだか落ち着く…
なんてよ。
ほんと、馬鹿。
目を覚ましたらどうなっか、覚悟しとけよ。


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