マスタード大佐は温室に

「と言うわけで、みなさん是非お揃いでお越しいただけますでしょうか?」
へぇへえ。ただ飯は大歓迎ですよ。柳生の若様のバースディパーティーなんて、ご馳走が出るに決まってんじゃん。神楽なんかもう目が爛々してるし、断る理由なんかねぇ。
神楽の胃袋を考えりゃ、仕事が入ってたってキャンセルして行く価値があるってもんだ。
「こちらが招待状になります」
東城が差し出した封筒は一目で判る特上品。持つとさすが紙にしちゃ重い。細かいとこまで金かけてやがるぜ。否が応でもパーティーの内容に期待が高まる。
中を見るとこれまた分厚い二つ折りの紙。金で縁取りがしてあるよ。たいそうだねぇ。結婚式の招待状でもここまですごいのお目に掛かったことねぇ。ご丁寧に一人一通ってか?え、なんで四通?

「おいおい、数間違ってんぞ。四通もあるじゃねぇか」
「ああ、姉上の分ですか?」と新八。
あ、そうかお妙忘れてた。ご馳走を食べる前に殺されるところだったよ銀さん。
「いえ、お妙殿にはすでにお持ちいたしました」
「じゃなによ?まさか真選組の誰かを誘えってか?」
冗談じゃねぇぞあんな奴ら。飯がまずくならぁ。
「いえ、それは桂殿の分です」
「は?」
何それ、なんでヅラ?
「なんでも竜宮城で色々な冒険をされた折にお世話になったとか」
いやいやいや。冒険っちゃー冒険だったかもしんねぇけど、おたくの若、ヅラにこれっぽっちも世話になんかなってないよ。
むしろ、お荷物になって困らせたっつーか。ま、それをいうならおれもだけど。
「ですから、その時のメンバーみなさんをお呼びしたく長谷川殿にもお声を掛けさせていただきました」
長谷川さんも?ま、その日の食いもんにも不自由している長谷川さんのことだ。さぞかし大喜びだろうさ。おれたちと一緒。でも、長谷川さんもヅラと同様、お世話なんてなーんもしてなかったけどね。
「幸い長谷川さんのお宅はすぐに判ったのですが…」
お宅っていうほどのもん?公園だよ、あれは公園のベンチ。なに取り繕ってんのこの人。でも、公園暮らしのマダオやおれたちを大事な若のパーティーに呼ぼうってんだ、この人、案外太っ腹だぜ。
「桂殿のお住まいは判りませんで…」
「あいつ指名手配犯だよ?そう簡単に現住所が判ってどうするよ!」
「幸い長谷川殿からメールアドレスはお聞きしましたので、ご連絡は差し上げることが出来ましたが」
はぁぁ?メール?なにそれ、なんであいつ長谷川さんとメルアド交換なんてしてんだよ!おれだって知らねぇのによ!って、あ、おれ携帯もPCも持ってねぇからメルアドなんて持ってなかったっけ……って、長谷川さんだって持ってねぇだろそんなの!あの人最低限の生活必需品にだって困ってるよ?ふざけんじゃねぇぞ、ヅラ!
「いつ引っ越すかも判らんと仰って、お住まいまではお教えいただけませんでした。しかし、かわりにあなた様にお預けするようにとのことでしたので」
東城はそれだけを言うと、とっとと帰りやがった。
ヅラからのご指名?や、なに喜んでないよ、おれ。むしろ迷惑かなーって。面倒くせぇなーって。でも、長谷川さんじゃなくておれをご指名ってんだから、仕方なくね?そうだよね、おれぁ、あいつの隠れ家知ってるしぃ。招待状をあいつに手渡し出来るのはおれくらいだろうしさ。
「…銀ちゃんなんかキモイアル」
「あんなにしょっちゅう会ってくるせに、桂さんに会うのがそんなに嬉しいんですか?」
あんなにって何?おれたちの何を知ってるってゆーの、新八くぅん?なんか視線が痛いんだよ、おめぇら!
そんな言い方されちゃったら、行くに行けなくなっちまうじゃねぇか。
「違ぇよ。銀さんは今とんでもないことに気がついちゃったから、動揺が顔に出ちゃっただけなんですぅ。別にヅラのとこなんか行きたくねぇよ」
や、まじで全部口からでまかせだけど。
「何、何アルか?パーティーに行けなくなりそうなことアルか?」
「本当ですか?口からでまかせ言ってるんじゃないでしょうね、銀さん」
と疑いの目を向けてくる新八。なんか時々鋭いよね、この子。
「違いますよ、ほら、あれだよ、あれ」
えーとえーと…ああ、思いついた!
「あれってなにアル?」
「柳生といえば将軍家御指南役だ」
「そんなこと知ってます、銀さん」
「聞けって。でもってヅラは攘夷志士だ」
「それも知ってるネ」
「そんな柳生家とヅラの組み合わせって、どうよ?」
ここで意味ありげに二人の顔を見回す。
「ちょ…銀さん!」
新八、顔色変えたねぇ。
「客には幕府高官もいるだろうよ」
「銀さん、まさか?」
「ま、東城も馬鹿じゃねぇだろうから、その辺は考えてあるんだろうけどよ」
嘘嘘、きっと何も考えてないよね、あいつ。
「ヅラも今じゃ過激なことなんかしねぇだろうけど、やっぱ心配じゃね?」
「銀さん、招待状を持って今すぐ桂さんの所に行って下さい!で、なにかとんでもないことをやらかそうとしてないか見てきて下さい。ついでに、くれぐれも軽挙妄動を慎むように言っておいて下さいよ!」
「そうネ。ご馳走の邪魔したりしたら許さないネ!銀ちゃん、ヅラにリーダー命令だって言っとくアル」
へーへー、そうまで言われちゃ、行くしかねぇな。おれ、別に好きで行くわけじゃねぇよ。お前達がそう言うから行ってやるだけだしぃ。

新八に頭を下げさせて、神楽には追い出されるようにして、おれは堂々とヅラの元へと急いだ。

嘘から出た誠ちゃんーなんてこの場合は多分、ない。ヅラはそんな過激なことはしやしねぇ。それは信じられる。新八はまだ人を見る目が備わってねぇな。神楽は論外にしてもよ。
けど、やばいことはしないにしても、ヅラの発想はぶっ飛んでやがるから、パーティーを台無しにしないという保証はねぇ。おれもその点は安心できねぇ。なにしろ、この世で絶対と言えるのは「税金をとられることと死ぬこと」だけって言うもんな。

「いるかー、ヅラ?」
返事も待たずに扉に手をかける。苦もなく開いたので、そのままずかずか上がり込んだ。
「なんだ銀時、騒々しい」
おれの足音が聞こえたらしいヅラが奥から出てきた。
「お前、扉開いてたぞ、不用心じゃねぇか」
「ふむ。お前のような奴が堂々と上がり込んでくるんだからな、気を付けねば」
「なに、その言い方?おれはね、お前の為に来てやったのよ?帰ろうか?このまま帰っちまおうか?」
「おれの為?」
「そうですよぉ。銀さん、お前がご指命だって言うんで、九兵衛のバースディパーティーの招待状預かってきたんですぅ」
「おお、そうか。東城殿から話は聞いておる。わざわざすまなかったな、銀時」
うん、素直でよろしい。いっつもこうならもっと可愛いのによ。
「本当に丁度よかった。そのぱーてぃーに持っていこうと思ってな、あれやこれやと準備を進めておったのだ」
え、なに?なんですか?プレゼントか?プレゼントだよね?プレゼントだと言ってくれ!
「人生ゲームは絶対だとしても、あとは何がよいかな?UNOか?それともCluedoが良いだろうか?」
UNOはともかく、Cluedoってなんだよ!マスタード大佐は温室にって奴か?今時誰が知ってるんだそんなゲーム!
「ヅラぁ、バースデーパーティーに殺人推理ゲームはだめだろうよ、ちったぁ考えろ。UNOにしとけ」
脱力したおれが言えたのはそれだけ。長谷川さんとのメル友疑惑を追及する元気も既に失っていた。
「そうか、そうだな。さすがは銀時!」
心から楽しそうに押し入れからUNOを取り出してみせる指名手配犯。
ああ、なんでこんなのに惚れちゃったかな、おれ。なんでまだ惚れっぱなしなのかな、おれ。
こればっかりはDr.ブラックの殺人事件を解明するようにはいかねぇよな。

あれからなんやかんだで人生ゲームのコマやら札束だのの仕分けを手伝わされた挙げ句、ぱーてぃーでは出来ぬからな、とCluedoにも付き合わされた銀さんはもうへろへろなんですよ。
なのに、なにこの仕打ち?なんでおれの晩飯がないんですかぁ?
「そんなへろへろになって帰ってくるようなことしてたんだったら、そのまま泊まってきてもらった方が良かったです。まったくこんな時刻になるまで二人で何やってたんですか!ウチには神楽ちゃんがいるんですよ!」
って、なに、何勘違いしてんの?新八くん、誤解するのはやめて。何って、人生ゲームのチェックですよ。そもそも、おめぇが考えているような事とは最近ご無沙汰なんですぅ。それに、そんなんだったらへろへろになったりはしませんよ、銀さんは。喜んで泊まってましたっつーか、こんなに早くには終わらせてねぇ!まだガンガン、あんあんの最中のはずだぁ!…って口が裂けても言えねぇけどよ。
「けっ、マダオが。しばらくわたしに話しかけないで」…って。
だから、誤解だってば神楽ちゃーん!
やっとの思いで辿り着いた我が家では、子供達の汚らわしいものを見る目つきと晩飯抜きというペナルティがおれを待ちかまえていた。
「犯人はマスタード大佐、凶器はレンチ、犯行現場は遊戯室だ!」
ヅラの楽しげな声が聞こえてくる。
違うな。犯人は新八に神楽。凶器は冷たい視線、犯行現場は万事屋だ、ヅラ。
…そんな愚にもつかないことを思いながら、おれは二人の冷たいあしらいに耐え続けた。



※「Cleudo」というのはボードゲームの一種です。
Mr.ブラックが殺されるという事件が起こり、その犯人と、凶器、犯行現場を特定するというもの。

マスタード大佐はその登場人物といいますか、容疑者の一人。
他にも、ミス・スカーレットだの、グリーン牧師だの怪しげなキャラが何名かいます。
凶器もスパナだとか燭台だとかバリエーションがありますし、犯行現場もしかり。

プレーヤーは探偵の役をするんですが同時に容疑者でもあって、実は自分が犯人だった、なんてこともあります(当然自覚はないので、ゲーム終盤に『え?おれが犯人だったの?』ということもあります)。
ただのゲームなので、凶器だって犯行現場だって、むろん犯人だって、同じ確立で「該当」するはずなのに、何故かマスタード大佐の犯人の確率が高い気がするのが不思議なゲームでした。


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