「あれぇ、総一郎くん、なにやってるの?精が出るねぇ、この寒いのにさ。」
夜。白い息を吐きながら、ほろ酔い機嫌で万事屋に帰る途中、見慣れた黒い集団がなにやらごぞごそ立ち働いているのに出くわした。
「総悟です、旦那。ちょっと厄介なことがありやしてねぇ、こいつのせいで」
そう言って沖田は一枚の紙をずいと銀時に突きつけてくる。手配書だ。桂の。
今更?と、いつものように気のないそぶりで返事をしてみせた。おれって結構役者じゃん。
「まぁ、そうなんですがねぇ」沖田が苦笑する。自嘲か、それとも銀時の無反応振りを当てこすっているのかは解らない。くえねぇ餓鬼、と銀時は思う。
案の定、「こいつのお陰で土方さんがおかんむりなんでさぁ」とさらっと付け加えてくる。
ここでわざわざ土方の名前を出してくるなんざ、油断も隙もねぇ。
「そんなのいつものことっしょ?大変だねぇ、気の短い上司をもつと」
「へい」
とまた、苦笑いを一つ。
こいつ、人の神経を逆撫でするの相変わらずうめぇな…と変なところに感心する。
「で、なにがあったってーの?」
あーあおれ、こんな餓鬼の術中にはまっちまって、と思わないでもなかったが、聞いてしまった土方の名前に、銀時はそう聞かずにはいられなかった。

「les signalements」

「はぁぁ?盗まれる?手配書が?」
意外な沖田の話にビックリする。
「なんで、こんなもん盗むの?シンパとかが剥がして捨ててるだけじゃないの?」という銀時の問いに、 「そうじゃありやせん。えらく丁寧に剥がしてるんでさぁ、意図的に」
と沖田。
銀時は、何が何だか解らないままだ。
他の隊士たちは、重そうな紙の束から真新しげな手配書を取り出すと、一枚一枚丁寧に張り付けていく。電柱や、掲示板などのそこかしこに。それが全て桂の顔で、しかも生真面目な顔がじっと正面を見ているので、自分が沖田と親しげに話しているのを咎められているような気になって、銀時はいささか落ち着かない。
「貼ったそばから盗まれるんで、今度はちょっとやそっとじゃ剥がせない強力な接着剤を用意しやした。よしんば無理矢理剥がそうとしても、手配書がボロボロになるくらいに強力なやつでさぁ」
「でもよぉ、いくら剥がされるからって、こいつみたいに誰でも顔を知ってるような奴のを、わざわざ張り直したりする必要あんの?税金の無駄じゃね?」
確かに、とまた沖田が微笑む。やはりどこかしら少し黒い笑みだ。
「仰る通り桂は有名でさぁ。なのに忌々しいことに、この辺りを堂々と歩いてても誰も通報してこねぇ」
ここでチラ、と銀時の目をまっすぐ見てくる。
うわぁ、やな感じ。
「だからといってそのままにしておくのも、まるで捕縛を諦めたみてぇですしねぇ。盗まれるのが一枚や二枚なら、桂に限った事じゃねぇんで放っておくところでさぁ。酔っぱらいが面白半分で剥がしたり、ちょいと見てくれの良い奴のなんかは、素人娘がポスター感覚でもってったりは珍しいことじゃありやせんから」
けどー、と沖田が続ける。
「みんな残らず剥がされてもってかれちまうと話は別なんでさぁ」
「みんな?」
「へい。一枚残さず」
「なんでよ」
「さぁ?素人娘はブロマイド代わりに懐に入れたり、部屋に飾ったりするんでしょうかねぇ、おれにゃあ解りやせん。けど、一番多いのは、金儲けだとふんでるんでさぁ」
「金儲け?」
ますます解らない。
「オークションなんかで結構な値がついてるんで」
「はぁぁ?」
マジで?
銀時は単純に驚いた。
「特に一時髪が短かった時のものなんか、ありえねぇ程高値でしてね」
「へぇ?あんな女みたいなのが人気あるんだ?今時のお嬢さん方は見る目がないねぇ」
「いえ、桂の場合殆どが野郎みたいでさぁ」
「はぁぁぁ?」
ま、そうだろうとは思ったけどよ。ここはひとつ驚いたふりでもしとく方が賢明だろ。
「とんでもねぇ話だが、隊士の中にも数枚ちょろまかして隠し持ってたり、売ってた奴がいたらしいんで…」
「ああ、そりゃ鬼の副長さんとしては見過ごせないわ。真選組のメンツ丸つぶれ」
「ま、それもあるんでしょうがね…」
と、また黒い笑み。
「高杉と並んで張り出されていたバージョンや、髪を高く結わえていた頃のものなんかは超レアだそうでさぁ。旦那、うまいこと持ってたりしたら、一攫千金のチャンスですぜ?」
「なんでおれがそんなの持ってるの?」
や、両方持ってるけど。高杉と一緒のは半分に切っちゃってるけど、でも持ってるわ、おれ。
「ヅラ子さんに入れ込んでるくれぇですからね、旦那もそういう趣味かと」
うわー、言ってくれるよこいつ。知ってるくせにやな奴だねぇ、前から解ってたけど!
「そういうことは、おたくの上司に言ってやんなよ。そうとう入れ揚げてるよ、大串くん」
「おれを甘く見ないでくだせぇ。そんなのとっくですぜ」
「あ、そ」
だろうと思ったよ。可哀想な土方くん。こんなのが部下だなんて同情すらぁ、ちょっ・と・だ・け。
「いくら墜ちても手配書でマスかくのだけはよしてくだせぇよっ、てね。毎日のように釘刺してやってまさぁ」とまたにやり。
だぁー、何言っちゃってるのこの子!こんな可愛い顔して悪魔だよ。伊達にサド王子なんて自称してねぇよ!
それ、釘刺したなんてレベルじゃないよ。心臓刺し貫いちゃってるよね。ドラキュラじゃなくても致命傷だよ、それ。
「副長、それでキレましてね、絶対に剥がれないようにしとけ!っていうんでさぁ。誰も土方さんも剥がして夜な夜なシコってるんじゃねぇですかい?とまでは言ってないんですがねぇ。…思ってるだけで」
くくくって…おいおい…。
にしても、土方くんも青いねぇ。真選組のメンツ云々もだけど、手配書でそんなことやってる奴がごまんといそうなことに、キレちゃったんだ。普通に気持ち悪いとか、自分たちの仕事が汚されたような気がしたとか、嫉妬とか諸々の感情のせいで訳わかんなくなっちゃったんだ。
「おーお、総一郎くんのような部下を持って、大串くんも気の毒に」
「総悟でさぁ、旦那。それ、褒め言葉として受け取っておきやすぜ」
や、どう考えても褒めてねぇだろう。
「ポジティブだねぇ、総一郎くんは」
「総悟でさぁ。旦那も」
「おれ?」
「全然動揺しないんですねぃ」
「なんでおれ?するわけないでしょそんなんで。勘ぐるのは止めてよね」
じゃ、おつとめご苦労様と軽く手を振ってその場を離れる。しばらく背中に刺すような視線を感じていたのは気のせいではないはず。
…おれが動揺するわけないじゃん。もうなれてんだよ、そんなの。手配書どころか本人をおかずに抜いてた奴、それこそ数えきれねぇほど知ってるしぃ。
そりゃ、気分良くはねぇけど、おれだってご厄介になったことあるから人のこと言えねぇしよ。
一々そんなこと気にしてたら、これから先心臓もたねぇよ、土方くん。

でも、なんだかまた会いたくなっちまったな…。
さっきまで一緒に飲んでたってのによぉ…今から追っかけてみっか。
そう決めて、また真選組と鉢合わせしないよう、銀時はすぐに裏手の小径に入り込んだ。
桂はきっと、どうしたのだ銀時?と不思議そうに小首を傾げるだろう。少し酔いに染まった頬が艶めかしいだろう。
逸る銀時にはもう、沖田の視線は感じられない。


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