「うすくれないの彩りを」


普段の桂なら、銀時の言うことを真に受けたりはしなかった。
いや、現に今も真に受けてはいない。
これが新年早々だったせいか、はたまたたまたま虫の居所が悪かったせいなのか(だが、そんな自覚はない)、積もり積もった不満(これまた自覚はない)がとうとう噴き出したのかー?
その辺、本人にもよく解らないのだが、桂は万事屋の玄関先から踵を返してきたところだ。


久しぶりに訪れた万事屋で、桂の携えていった甘みは主人に下へも置かぬ歓待ぶりを受けたが、当の本人に対してはいつもの通り。
「おまえ、何しに来たの?」
素っ気なく言われ、もう用はないと言わんばかりに背を向けられた。
銀時からのそんな扱いには慣れているのに、つい、なんとはなしにそのまま帰ってきてしまったのだった。

人気の少ない商店街を隠れ家へと急ぎながら、やはり可哀想なことをしてしまったか、と桂は思う。
普段通りに万事屋に上がり込んでくるはずの桂が忽然と消えたのだ、銀時はきっと驚きに目を丸くしたに違いない。
あっけにとられ、な、んで?と口にも出したろう。 銀時の呆然とした様を想像すると、適当な言い訳を手土産に、今すぐ万事屋に戻るべきだという気が強くしてくる。

だが。
今は、まずいな。
銀時のこと、一時の放心状態を抜けて、今頃は全てを桂のせいにして怒り狂っているはず。
なに、あいつ!?なに真に受けちゃってんの?
一字一句とまではいわないが、いかにも言いそうな台詞が頭に浮かぶ。
今戻ってはダメだ。
八つ当たりされて今度こそ腹を立てる羽目になるに違いない。

そもそもー
ああいった無礼なことを許していては奴のためにならん。
一旦浮かんだ、”万事屋へ戻る”という選択肢を消すためのもっともらしい理由を探し当て、桂はひとり頷いていた。

考えてもみろ、おれだったからいいようなものの、もしあんな物言いをお妙殿にでもしてみろ、一体どういうことになるか!
……いや、せんな。お妙殿にはせん。
てか、出来ぬ。銀時とてまるっきりの莫迦ではない。命は惜しいはず。
思い浮かべていた新八の姉の顔を、桂はすぐに頭から振り払い、他の、少なくとも自分程度以上の頻度で万事屋を訪れているらしき面々を思い出してみる。

世話になっているお登勢殿に……いや、これも出来んだろう。
やはり命は惜しかろうし。
さっちゃんさんならばおれより酷い扱いを受けているのは知っているが……それがさっちゃんさんには嬉しいらしいので除外すべきであろうな。
では、月詠殿は?
いやいや、これまた銀時の命に関わる、か。
となると、銀時があんなちいさなことで我が儘放題言えるのは万事屋の気の毒な子どもらを除けば自分一人、ということになる。

ふむ。やはりおれにしか言えぬか。
そういう相手が自分だけということを再確認し、腹立たしいような、それでいてくすぐったいような不思議な感覚に陥るが、なに、今更反芻しなくても、それは互いの関係が昔から 変わっていないというだけのことに遅ればせながらに気付く。

滅多なことで他人に気を許すことの出来なかった幼い銀時が好き放題言えたのは、先生と僅かな学友たちだけ。
それはつまり、自分と、そして高杉の二人のことだ。
長じて後は、そこに坂本という莫迦の王様のような男が加わったが、坂本が宇宙に旅立ち高杉と袂を分かった今となってはー。

仕方ない。
ありがた迷惑ではあっても、奴の選ばれし唯一無二の者である以上、その役割を放棄するわけにもいくまいよ。

銀時が勝手に「一人反省会」に突入した頃合いを見計らって、もう一度万事屋に行くことを桂は決めた。
ふて腐れたようにー実際ふて腐れてるのだろうがー何しに来たと問われたら、今度こそしれっとこたえてやろう。
「貴様に会いに来たのだが?」と。
「莫迦じゃねぇの?」
素っ気なく言われるのは同じでも、向けられる背中には、口には出されない反省と謝罪、そして歓喜が滲んでいるはず。
その様を思い、どこか嬉しく思っている己を発見し桂は一人苦笑いをする。
ひょっとしたら、自分はその事実を再確認したくて、その時間が欲しくて、ここにいるのかもしれない。

ふむ。そういうこと、か。
われながら情けない。
銀時のことを嗤えぬ。

まんざら自嘲ばかりではない密やかな笑みを浮かべたまま、桂は今まさに通り過ぎようとしていたアーケード街をUターンした。
待つのはやめだ。
もうすぐ麩嘉の暖簾が上がる頃。
花びら餅を十ばかり買い求めるとしよう。

薄紅色の菓子を歓迎してくれるだろう子どもたちと、もう一人のいい歳をした子どもたちの様子を思って、桂は今度こそ穏やかな笑みを浮かべていた。


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