「暮雲春樹」中



エロイのはてめぇの頭ん中だけだろうに。


「エロくない、桂だ」


ほぉら、そういうのを馬鹿の一つ覚えっていうんっス。

全くもって、どうしてこう揃いも揃って馬鹿ばっかなんスか、晋助様の昔馴染みって。


「なぁにやってんの?てか、何その子?なんか見たことあんだけど」

「来島たま子殿だ」

「そんな名前だっけ?うちの神楽ちゃんはまた子とかって言ってた気がすっけど。紅桜のあと、長いこと自作の下手な歌聞かされたんだよなぁ、おれ」

また子のパンツは染みだらけーってな。


坂田の奴ぅ!

下品な歌うたいやがって…桂よりムカツク。


「リーダーが?リーダーがそう言うのであれば、たま子殿ではなくてまた子殿なのだな」


くそう、やっぱ桂もムカツク。

あたしが最初っからまた子って言ってたことはスルーしたくせに!

第一リーダーってなに?

まさかあの腹立つ小娘のこと?


おまえらWで消えて欲しいっすス。

こいつらを見ているとヘッドフォン野郎やロリコン変態のほうがマシに思えてくる。


もういい、決めた!

あたしは馬鹿同士の会話になんか巻き込まれたくないっス!

こいつらが今から何を言おうとこっちがスルーしてやるっス!


桂があたしに何をさせたいのかは全然判らないけど、誓いも新たに包丁を握りしめると、あたしはW馬鹿への怒りをそっちへぶつけることにして、なんとか皮むきを終えた。


意外に上手に出来た気がするのは欲目ではないはずだ。


「次に」

「あー、はいはい角切りっスね」

「うむ」


ふん、そんなの包丁持ったことがなくても軽い。

さっきの皮むきのほうが難しいくらいじゃないだろうか?


「こらぁ、銀時!」


包丁が大根にふれる直前、あたしの隣で性懲りもなく桂が吠えた。

しかもそのデカイ声!

またか!

またあんたはそうやってあたしの邪魔をするんスね!


「包丁持ってるときに側で大声上げるなって、さっきも言ったスよね?」

「貴様ぁ、何をやっとるか!」

「ちょ、いい加減人の話を聞いたらどうっスか?」

「いいじゃねぇか、ちょうど甘いもんが欲しかったんだよ」


見れば坂田がハチミツが入っているらしい瓶を抱え込んで、手で中身を掬って口に運んでいる。

………気持ち悪い。

武市先輩のロリコン趣味とおんなじくらい気持ち悪い。


「せめて匙をつかえ、匙を」


桂が坂田にスプーンを放り投げる。

坂田はそれをなんなくつかみ取って瓶に突っ込んだ。


「あ、こうやった方がいいわ。ベトつかねぇ」

「手を突っ込む前に気づけ!てか、一度口に入れた匙を瓶に入れるな!」

「えー、いいじゃんこれくらい。人をばい菌みたいに言わないでくれるぅ」


おまえはばい菌みたいなもんっス、坂田。

桂共々晋助様に二度と近づかないで欲しいっス。


「晋助が病気になったら貴様のせいだからな!」


…な、んで晋助様?


坂田も同じ思いだったらしく、「なんで高杉よ?」と桂に訊く。


「このところの季候が不安定だからな」

「答えになってないよね、それ?」


坂田と同意見なんて真っ平御免だけど、あたしもそう思う…やっぱり桂は大馬鹿っス。


「晋助は幼い頃より喉が弱かったであろう?そろそろあやつがコンコン咳き込む頃だ。だからまた子どのに喉の薬の作り方をれくちゃーしておこうとおもうてな」

「な…なんであたしなんスか」


こいつ、まさかあたしが…あたしが……だって知ってて…?


え?

ちょ、恥ずかしいっス!




「ん?どうしたものかと思案していたところにお主と行き会ったのでな」

偶々だ、と桂。


「はァァァァ!なんスか、それ!じゃ、偶々出会ったのがあのうざいロングコートを着たグラサン野郎でも、 眼球がかさっかさに乾いてそうな変態ロリコン親父でもあんたはこうして拉致ってたってことっスか!」

「まあ、そうなるな」


てんめェェェェェ!人をやきもきさせといてそれっスか。


ホッとするような残念なような、複雑な気分になるじゃないっスか!


「たまたままた子か語呂悪ぃなぁ、おい」

「ハチミツなんか舐めながらなめたこと言ってんじゃないっスよ坂田!その近い将来メタボ決定の下っ腹に二、三発ぶち込んでやろうか?」

「んもー、そんな言葉遣いする子に育てた覚えはありませんよ」

「あたしだってあんたみたいなのに育てられた覚えはないっス!」

「そうだよねー、また子ちゃんは猪に育てられたんだってー」

「坂田、夜道を歩くときはせいぜい後に気を付けることっスよ!」

「…でな、この煮沸消毒した密封容器に…」

「桂ぁ!なんであんただけしれっと普通の話に戻ってるんっスか!」

「予め用意しておいた角切り大根を入れて…」

「ヅラぁ、どこの料理番組だそりゃ」

「ヅラじゃないし料理ば…」

「五月蠅いっス!もういい加減黙れ、おまえら!」


銃はないので手に持った包丁の先をW馬鹿に向けてやると、さすがのW馬鹿どもが少しは静かになった。