「輝かしき未来」

久し振りにあいつの顔を見に来れた。
会えなくなってどれくらいになる?
感覚がすっかりおかしくなっちまってるらしくってよ、なんだかはっきりしねぇわ。
ひょっとしたらそんなにはたってねぇのかもしれねぇし、もっとたっちまってんのかも。
おめぇに会えない時間、触れられない時間があんまりにも長すぎたせいで 訳がわかんなくなっちまってるだけかもな。

ああ、見つけた!
あんま変わってねぇなぁ、おめぇはよ。
でも、また少し痩せたんじゃね?
それとも、見慣れねぇ洋装なんてしてっから、そんな風に見えるのか?
しかもなんで木戸さんなんて呼ばれてんだ?知らねぇぞ、そんな奴。ヅラからヅラとってどうするよ?でもま、なんだ、元気そうでなによりなこった。
真っ直ぐな莫迦だから、仕事に追われて半病人みてぇになってるんじゃねぇかと心配したが、よくよく思い出してみりゃ、 おめぇ、おれと違ってガキの頃からやたら丈夫だったっけ、ついでに神経の方もな。

にしても、なんか浮かねぇ顔してんな。んだよ、もちっと嬉しそうにしろや。おめぇの夢とやらがかないそうなんだろ?
無血革命とやらが具体的にどんな風だったのかおれは知らねぇし、新政府ってのも実感はねぇけどよ。
でも、今、おめぇの目ざしてた新しい日本ってやつへの実現に向けて官民一体で頑張ってるらしじゃねぇか。
今日の式典とやらも、つまりは改めて心志を鼓舞激励するためのーってやつじゃねぇの?それとも、式場のあちこちにちらほら見える 黒い連中が目障りってか?そんならわからなくもねぇ。かつての追う者と追われる者が、急に仲良しこよしになれるわけなんてねぇもんな。 やつら、なんてったっけ?しん……しん?なんかここまで出かかってんだけど、なんだっけ?しん……しん、なんとか。ああ、思い出した!ゴリラに、大串……総一郎君に……ジミーだったっけ?これくらい 覚えてやってりゃ上等じゃね?


新政権樹立から十年、と壇上の見知らぬおっさんが感涙にむせんでるらしく時折声を詰まらせている。ゴリラとその仲間たちなんかに気をとられてる間に、気付けば式典とやらが 佳境に入ってやがるじゃねぇか。
にしても十年って言った、ねぇ?もうそんなになんのか、びっくりだわ。ヅラの奴、さすがに感極まってもらい泣きでもしやしねぇかと思ったが、そんな様子はとんと見せねぇ。頷きもせず、涙を流しもせず、真っ直ぐ前を見ているように見える。けど、そうじゃねぇ。時折、式場のあちこちに素早い一瞥をくれているのが判る。周囲を警戒するようなその視線は、長年の逃亡生活で身についた癖か…… それとも、ひょっとしたらおれを捜してんのか?自信はねぇけど、この際そう自惚れておくことにする。
おっさんは、しゃくり上げながらダラダラと話し続けている。おれの耳は、話の内容を理解するのをとっくに放棄し、代わりにヅラの視線のその先を追った。ヅラの奴は、式場の四隅、上手や下手袖、あちこちをさり気なく彷徨わせているくせに、ちっともおれと目が合わねぇ。 わざとか?嫌がらせか?ヅラの癖に!出来るもんならあとでぶん殴ってやろうと決めた時、ヅラの視線がある1点でピタリと止まった。一見、汗だか涙だかを拭こうとして布きれでしきりに鼻の下を擦っているだけの男ーに、見える。が、おれだって騙されねぇ。 せわしない動き、キョロキョロと落ち着きなく周囲の様子を窺う様、手に持つ布の不自然なふくらみ。ヅラも視線を動かさず、壇上から真っ直ぐにそいつの手元だけを見ている。そんなヅラの様子から、遅ればせながら黒い服を着た連中も男に気付いたらしく、慌ただしい動きがあちこちで見られ始めはしたが……。

やめろ、やめねぇか!
力の限り叫んだってぇのによ。
おれの声はどうやら誰にも聞こえなかったらしい。

懸念は当たり、男が飛ぶ道具を取り出すや否や、ヅラの奴、おっさんを庇いやがった。
必死で駆けつけ、おっさんもろともヅラに覆い被さったが……間に合わなかった。
何もかも間に合わなかった。
弾丸は、おれの身体をいとも容易く通り抜け、真っ直ぐに腕の中のヅラにめり込んでいった。一つ、二つ、三つーと。
その細い身体に何度衝撃を受けてもヅラはおっさんを離さない。しっかりと抱え込んだまま、動かない。おれが、ヅラを抱え込んでいるのと同じように。おれがヅラを守ろうとするのと同じくらい、ヅラはこのおっさんを守りたいらしい。
忌々しい銃声が止んだ頃になって、やっと黒い服の男たちがヅラの側に駆けつけてきやがった。

「てめぇらなにしてやがった!おめぇらは、こいつらを守るためにここにいたんだろうがよ!!」
責めても、責めても、おれの声も叫びもこいつらには届きゃしねぇ。ー誰にも。

そ。
そういうこと。
この期に及んでやっと気づくなんてよ、嫌にならぁ。
どうりで誰にもおれの声が届かねぇわけだ。
……おれ、もうずっと前に死んでたんだな。なんとなく思い出したわ。
なんか虫の知らせってやつで飛んで来てみたはいいけどよ、結局、一番見たくなかったもん見る羽目になっまうなんてよ……。 死んでさえなきゃもう一度殺したくなるくれぇの大莫迦野郎に満場一致で認定レベルだわ、おれ。
でも、でもよ、それでも来てよかったーとか思っちまってんだから……マジで終わってるかも。
おれ、見ちまったんだよ。
おっさんもろともヅラを抱え込んだとき、ヅラが目を見開いたのを。驚いたときのヅラの癖。
しかも、そん時、眼差しが真っ直ぐおれに向けられたのを感じたわけ。
嘘じゃねぇ、見間違いなんかでもねぇ。それが証拠にほら、ぎんとき、と今、こいつの口がおれの名を象ったじゃねぇか!
見えてるはずなんてねぇのに。
感じるはずなんてねぇのによぉ……。

今際の言葉がそれってか?おめぇも大概莫迦じゃねぇの?なんか場違いに喜んじまってるおれも乙女じみてて、自分で気持ち悪ぃんけどよ。

でも、こうなりゃ仕方ねぇじゃん。ここで待っててやっから一緒にいくか?
また二人して莫迦やらかすのも悪かねぇや。
な、小太郎。

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