「揺風」2



「…と、いう訳だ」

「貴様、いつものことながら訳がわからんぞ」

「銀さん、なに説明が終わったようなふりしてるんですか!僕らまだ何も桂さんに話してないじゃないですか!」

「えー、面倒くせぇ」

「では、帰れ!このような場にリーダーや新八君を連れて来るなど、貴様は何を考えておるのだ」


昨日の件を桂に話すため、銀時達はかまっ娘倶楽部に足を運んでいる。

桂は、神楽や新八がこの店に来たことがあるのを知らないらしく、 子供をこんなところに連れてくるとは、と銀時に会う早々不機嫌だ。


「気にすんなョ、ヅラァ。私ここに来たことアルネ」

「銀時、貴様という男は!」

「ちょ…今はそんな話をしに来たんじゃねぇから!」

「関係アルネ」

「神楽ちゃん、何言ってるのぉ?」

「どっちも金がないのが原因ネ。ヅラ、今から銀ちゃんの言うことよっく聞けョ」


桂は神楽に言われて神妙な面持ちになる。

銀時は、取りあえず桂が静かになったのを幸いに昨日の依頼の話を始める。



「断る!」


話を聞き終わるや否や桂は即答した。


「女装してパーティーだと?しかも幕府の狗どもがうようよいるようなところ、御免被る!」


元々この人選を好ましく思っていなかった銀時も、反論はしない。

平然としてはいるが、むしろ断ってもらって好都合なくらいだ。


「桂さんが嫌ならしょうがありませんね」

「しょうがなくないネ、ヅラァ、もういっぺん考えてみて欲しいネ」


あっさりと諦める新八に対して、神楽は桂に食い下がる。


「リーダー、しかしだな…」

「最近ろくな依頼がないネ。このところ毎日玉子かけ御飯か豆パンアル。私、もっとちゃんと御飯食べたいネ。金がないからぱち恵もここで働いたネ」

「そのぱち恵とは?」


神楽の泣き落としに、桂も仕方なく耳を傾け始める。


「新八のぱちでぱち恵アル。ここで働いた時の名前ョ」

「………」


桂はいかにも気の毒そうな視線を新八に向け、その視線に気付いた新八は、照れくさそうに頭を下げた。


おいおい、この空気、なんかやばいんじゃねぇの?

なに、もしかしてヅラの奴引き受ける気になっちゃった?


銀時の思いを知ってか知らずか、桂がつ、と銀時に視線を向けて、「で、その依頼人とやらは本当におれたちの昔の塾仲間なのか」と訊いてきた。


「おお、確かに松陽先生のところにいた奴だ」

「して、名は?」

「んー、大垣?松本?千葉?」

「なんだそれは!誰一人として知らんぞおれは!」

「しょーがねーだろ、名前思い出せねぇんだよ」

「威張るな!」

「威張ってなんかいませんー、事実なんですぅー」

「無意味に語尾を伸ばすなとあれほど言っておろうが!」

「乾さんですよ」



ギャーギャー揉め始める二人をよそに、新八の冷静な声が割って入った。


銀時と桂は、つらつらと新八を眺めた。


「なんで知ってんの?」

「連絡先として電話番号を伺った時にお名前もいただきました。乾さんで企業名がINIなんですよ。てか、あんた名前覚えてなかったんかい!」

「や、思い出そうとしたんだけどよ…なんせ昔の話じゃん?でも、そうかー、乾かぁ。ヅラ、聞いたな?そいつは乾だ!」

「悪いが、乾なんて知らんぞおれは」

「え?でも、向こうは最初におれを見て坂田って呼んだし、神楽がヅラって言った時、そいつそれは桂のことか?って言ったぜ」

「マジでか?」


桂の問いに、確かにそうだと万事屋の三人は揃って頷く。


「では、そ奴、おれが今では指名手配というのは知らぬのか?」

「いえ、知ってましたよ」新八が答える。

「知ってる?知ってておれに頼むことを了承したのか?」

「ええ。むしろ乗り気なようでしたけど」


あり得ぬ、と桂は言う。


「その男、もしおれが桂小太郎だとバレでもしたらどうするつもりなのだ?見合いが潰れるどころの話ではないぞ。下手をすれば親父殿の家業に障る。乾という男の事は知らんが、INIならおれも知っておる。江戸でも一番のあいてぃー関連企業だぞ」

「家業を継ぎたくないって言ってたから、それでもいいのかもしれないアル」

「リーダー、家を継がないのと、家を潰すのとでは話が天と地ほども違うのだ。銀時、この話、なにか変ではないか?」

「ああ、おれもなんか変だとは思うんだけどよぉ、そいつ、妙に乗り気なんだよ」

「乗り気だと?益々妙だ。銀時、本当に誰か思い出せぬのか?」

「だから、乾?」

「そういう事ではなくて、人物についてだ、人物!」


全く、顔を合わせておいて誰だか分からぬとは情けない…とブツブツ文句を言う桂に、新八が、「連絡先は伺っているので、一度会ってみるというのはどうですか?」と提案した。

お尋ね者と会えというのも…と渋る桂に、「何言ってるんですか、幕府高官がいるパーティーに一緒に行こうと言うほどの人ですよ、気にしないんじゃないですか?」となおも言う。


「そうアル」


新八に負けじと神楽も相槌を打つ。


「や、おれが気にする。INIの方には興味がなくもないが、万一のことあって善良な市民が真選組などに疑われでもしたら寝覚めが悪い」

「じゃ、こうするネ。ここに呼び出すアルヨ。ここならヅラも文句ないネ。ついでにヅラの化けッぷりもそいつに見てもらえヨ」


散々揉めはしたものの、結局、一度お互いに相手の人物を確かめておいた方がいいということに話が落ち着き、その男を店に呼び出す算段をつけに銀時が席を立った。


数分後、店の電話で乾に連絡を入れて戻ってきた銀時は、すぐに、「今から来るってよ」と三人に告げた。