「揺風」3



「今から?すごい暇人ネ。銀ちゃんみたいアル」

「なんでもおれと一緒にするの、やめてくれる?」

「そうそう、乾さんはお医者様になろうと一生懸命勉強してるんだよ。銀さんと一緒にしちゃ悪いよ」

「でも、所詮こいつらの仲間ネ、お里が知れるアル」

「お、リーダー、なかなか上手い言い回しが出来るようになったではないか」

「そういう話じゃねぇだろうが!こいつ、おれたちの事、バカにしてるだけじゃん」


神楽を指差す銀時を、人を指差してはいかんだろうが、と桂がたしなめる。


「おまえら十分バカにされるような大人たちアル」

「ちょ、ひどーい神楽ちゃぁ〜ん」

「まぁ、そうだよねぇ。神楽ちゃんの言う通りかもね」

銀時のふざけ半分の抗議を無視して、新八も神楽に同意する。


「おめぇらがおれらの何を知ってるってぇんだ!」

「知りませんよ、知りませんけどね。でも、僕たちが知ってる銀さんの子供の頃のお仲間といえば、乾さんを除けば桂さんと、それからー」

「あの高杉の馬鹿ネ」

「うーん、ぐうの音も出んな」


はっはっはーと高笑いをする桂の頭を銀時が思いっきり叩き、小気味いい音が辺りに響いてすぐ、「ヅラ子ぉ、こちらの方があんたに用事だって」と叫ぶあずみの声が店内に響いた。


「おう、こっち来いよ!」


手招きする銀時の姿を見つけ、乾はおっとりと四人の席に歩いて来た。

そして、すぐ側まで来ると「今晩は」と丁寧に頭を下げた。


「今晩は、乾さん」


挨拶を返したのは新八唯一人で、あとの三人はじーっと乾を見つめていた。

乾は急に呼び出されたにもかかわらず、キチンと整えられた身なりをしている。

一目でわかる高級な仕立てーというわけではないが、落ち着いた色合いでシックにまとめられた着こなしは、猥雑な店内ではかなり異彩を放っている。

珍しいタイプの客に興味津々のホステスと客の視線が、乾、そして銀時や桂、もといヅラ子へと集まっている。


「坂田、こちらが…」


桂か?と乾が言う。

心なしか照れているように見える。


こちらが、もへったくれもねぇだろう、一目でわかるだろうが普通!と銀時は一人毒づく。


「桂じゃない、ヅラ子だ」


相手が誰であろうと自分のペースを崩すことのない桂がきっちりと訂正を入れ、乾は目を丸くしながらもそんな桂に「変わってないなぁ」とどこか嬉しそうに言った。


その乾の笑顔をじっと見つめていた桂は「…おまえ、平太だな。川向こうの」と言い、それを聞いた乾はにっこりと笑うと、「そうだ、平太だ。今は正治と改名してね、乾正治と名乗っている」と答えた。



平太…平太ねぇ。

銀時はその名を反芻してみるが、やはり記憶にはない。

だが、確かに幼顔には覚えがあり、塾生として身近な存在だったことは間違いないように思う。




「…久しいな」


小声で話ができるように、と気を利かせた新八が桂の隣の席を乾に譲り、そこに着いた乾にすかさず水割りを手渡しながら桂が言う。


「そうだな。か…ヅラ子さんが戦争に行く前に会ったきりだから、かれこれ10年近くかな」


銀時は二人の会話を聞いておや、と思う。

自分は乾の幼顔しか思い出せないというのに、この二人は銀時が思うより何年も後の記憶をお互いに持っているらしい。

戦争に行く前、というからには銀時と桂はそれこそ御神酒徳利のように連れ立っていたというのに。


奇妙だ。

そして、なんだか不快だ。


「話は先ほど聞いた。が…平太、本当におれでよいのか?知っての通りおれはお尋ね者だぞ?」

「ああ、もう藁にも縋る思いなんだ、頼まれてくれ。この通りだ」

乾は桂を拝まんばかりに頭を垂れた。


「…他にも適任者はおろうに…」

「嫌か、か…ヅラ子さんは?」

「…そういうわけでは…」


銀時の胸の内を知らない二人は、淡々と会話を続けている。


いつもと違って歯切れの悪い桂の物言いにも引っかかりを感じ始めていたが、銀時は、それよりも桂に詰め寄らんばかりに懇願を続ける乾の様子にも違和感を抱き、そして苛ついた。


「では、頼む」

「………」

「か、ヅラ子さんは、もしもの事があったら乾さんのお父さんのお仕事に迷惑がかかるって心配してるんですよ」


考え込んでしまい返事すらしなくなった桂に代わり、新八が乾にフォローを入れた。


「なぁんだ、そんなことか!構わないよ、その時はその時だ。だから頼むよ、か…ヅラ子さん」


新八のフォローに気をよくしたのか、乾はすぐさま気を取り直し、あっけらかんと言ってのけた。

それには流石に新八も驚きを隠せないようで、口を開けたまま呆然と乾を見つめている。

それは桂も同じらしく、唖然とした表情で乾を見遣る。

銀時も同様だ。


全く動じていないのは神楽だけらしく、ひたすらくちゃくちゃと音をたてながらスルメをしがんでいる音が五月蠅い。


「それほどまでに仰るのなら…どうでしょう、かつ…ヅラ子さん?昔のよしみもあるようですし…」


やっと我に返った新八は、正面切って乾の味方につきはじめた。

それほどまでに乾の放った一言の威力は凄まじい。


家業を潰してもいい、だと?

マジか、こいつ。

やっぱり変だ。

変すぎるぜ。ヅラ、断っちまえ!!


この成り行きを好ましく思わない銀時は桂に精一杯の念を送るが、それも乾の熱意に燃えた言葉の前には無力だったらしく、桂はしばらく乾の目をじっと見つめた後、無言で頷いた。


「有り難い!ありがとう、ありがとうヅラ子さん!」


破顔一笑とはまさにこのことで、桂に抱きつかんばかりの乾の喜びように再び店内中の視線が集まり始めた。

慌てた桂が「静かにせんか平太!」と乾の幼名を呼んで一喝する。

乾ははっきりと照れ笑いを浮かべながら、それでも笑顔を崩さず、「本当に、ありがとう。…桂」と改めて小声で礼を言うと、前祝いに、と西郷ママを呼び、店内の客誰彼なしに大盤振る舞いを始めた。


只で飲み食い出来る機会は十分享受する万事屋ファミリーも、さすがにこの事態には戸惑いを隠しきれず、神楽のみがくったくなく喧噪の中で胃袋を満足させる作業に没頭していた。


新八は心配そうな視線を乾と桂の交互に向けており、銀時は周囲に合わせて楽しむふりをしながらも慎重に桂と乾の様子を窺う。


銀時や新八の視線を受けながらそれに気付かず、乾を不思議なものでも見るようにしばらく見つめていた桂は、やがて視線を手元に落とすと小さく溜息をついた。