「揺風」4



「乾さん、なんだか少し変でしたね」

「変なのはヅラも一緒だったネ」

「あれ、神楽ちゃん、あんなに一生懸命いっぱい食べてて、桂さんの様子なんてわかったの?」

「何言うね、新八。ヅラは私の子分ね。子分の心配をするのはリーダーの務めヨ!」

「変なのはどっちもだ」


銀時の言葉に、新八と神楽は不安そうに顔を見合わせ、頷いた。

桂が乾の依頼を承諾すると、乾は打ち合わせをしたいからーと、もっと静かな場所への移動を提案してきた。

二人で充分という乾に、パーティー当日には元々依頼を受けた者の責任だから付いていくと銀時が譲らず、自然な形で銀時も計画に入れ込むのは自分がなんとかするという桂の鶴の一声で、銀時の参加を認めさせた。

そのままかまっ娘倶楽部の店内で乾、桂、銀時がざっと打ち合わせをした後、 更に細かい部分を練る必要があるという乾を桂の元に残して、三人は万事屋へと急いでいる。

最初、銀時はその言い分にも異を唱えたが、「もう遅い。リーダーや新八君の事を考えろ」とこれまた桂に一喝されて、二人を気にしながらも三人は渋々店を出たのだ。


確かに、桂の言うようにもう遅い。

普段なら神楽はとっくに眠っている時刻ではあった。


「乾の奴、はしゃぎすぎだったネ」


神楽はまだおさまらないらしく、そういう口調は明らかに非難めいている。


「神楽ちゃん、乾さんはお客さんだからね、奴呼ばわりは止めようよ」


お通を起用したCMを流している会社の御曹司なのに、自分の夢のために 全てをその地位を惜しげもなく捨てようという乾への新八の評価は無条件に高い。


「ヅラにあんな顔させるような客は奴で十分アル」

「あんな顔?桂さん、変な顔してた?」

「気付いてないネ?ヅラ、ちょっと困ったような顔してたアル。ちょっとの間だったけどなナ。ね、銀ちゃん?」


おれに振るなよ、知らねえょ、とへらへら答えながらも銀時は内心神楽の言う通りであることを認めていた。


あんなツラ、あんま見たことねぇな…。

なんだよー、やっぱ銀ちゃんはマダオアルーという神楽の罵声も耳に入らない様子で物思いに耽る銀時に、「そういえば、ギャラが信じられないくらい破格ですよね」と、新八も不安そうな視線を向けはじめる。


「あいつもいい大人なんだし、本当に嫌だったら断るって。この話、受けたからには大丈夫なんだろうよ」


誰よりも己に言いきかせるように銀時はキッパリと言う。

それでも、子供達は不安らしく、それから各黙り込んだまま歩き続けた。


「あれ、銀さん、道が違います。まだ真っ直ぐですよ」
ある角まで来て右に曲がり始める銀時に、新八が慌てて声を掛けた。


「いいんだよ、こっちで。新八ぃ、今からおまえの家まで送って行っから、神楽泊めてやってくれ」

「銀ちゃん、ヅラのとこ行くネ!」


銀時の言葉にパッと明るい表情になって神楽が嬉しそうに言うと、「ここまで来たら家は本当に近いですから、送らなくって大丈夫ですよ銀さん」と新八も力を込めて言う。


「おう、じゃ神楽頼んだぜ、新八」


銀時はそう言って右手を挙げてひらひらさせると、悠然と店の方へ戻り始める。


「さっさと行けばいいのに、マダオがヨ」

「まぁまぁ、神楽ちゃん。銀さんにしてみればあれでも随分素直な方だよ」

「見栄っ張りにもほどがあるネ」

「本当だね」


子供達の姿が見えなくなるや否や走り出したであろう銀時を思い浮かべ、神楽と新八の二人は、内心ではホッとしながら、それでも悪態を楽しみながら新八の家へ向かった。


一方の銀時は、子供達の想像通り、彼らの姿が見えなくなるまでは悠々と歩いたものの、角を曲がるとすぐに脱兎の如く駆け出していた。


変だ、ヅラも、乾も。

なにもかもが。


ようよう銀時が店の近くまでたどり着き、どう言い訳しながら店内に戻ろうかと思案しながら走る速度を落とした時、上手い具合に桂と乾が肩を並べて店を出て来るのが遠目に見えた。

勢いに任せてそのまま合流しようと声を掛けようとした銀時だったが、漏れ聞こえてきた会話に慌てて手を引っ込めると、ついでに身体も近くの路地裏に引っ込めた。


「…貴様、知ってて銀時のところへ行ったのであろう?」

「わかるか?」

「わからいでか!こんな馬鹿げた話、鵜呑みに出来るわけなかろう」

「けど、縁談に困ってるのは本当なんだ。おまえのせいでな、桂」

「…なんでおれのせいだ?こんな茶番を考える暇があるのなら、惚れているおなごを先になんとかしろ」

「それは坂田が…」


坂田が?

おれがなんだ?

それに、知ってておれのところへ来たってどういうことだ?


銀時の見るかぎり、乾は生き生きとして相変わらず嬉しそうな表情を崩さず、明るい声音で桂の方を見ながら話かけていた。

桂が、桂だけが困ったような表情で、ただ自分の足元を見つめていた。


なんだ、なんなんだあの二人は?

あさって。

乾がどうにかして欲しいと訴えた見合いのある日。


仕事が無事に終わったら、その辺キッチリ話してもらうからな、乾、桂!


出て行くタイミングをすっかり失った銀時は、そのままどこかに消えていく二人を為す術もなく見送った。