「揺風」5
翌日、昨夜桂と更に打ち合わせた結果を報告したいという乾からアポイントメントの電話を朝から受け、約束の時刻の20分くらい前から万事屋の三人は、今か今かとその到着を待っていた。
「ごめんください」
待ちに待った声が玄関先から響いた時、まっさきに神楽が駆け出した。
引き戸の開く音がして、すぐに事務所兼居間に神楽と連れだって現れた乾は手に大きな紙袋を持っている。
客がソファに座るなり新八はお茶を出し、乾はそれに丁寧に一礼してから紙袋に手を入れると、大きな風呂敷包みを取り出した。
お土産を期待してじっと見つめる神楽の期待をあっさりと裏切り、包みの中から出て来たのは女物の着物だった。
「これを明日、桂に着てもらおうと思ってな」
「綺麗な柄ですね。お店で着ているものよりもずっと桂さんに似合いそうですよ」と褒める新八に乾は相好を崩した。
それがあまりにも嬉しそうで、三人はなんだか見てはいけないものを見た気になる。
「で、結局どうすんのよ、明日?」
居たたまれない雰囲気をなんとかしようと銀時がせっついた。
「ああ、明日の16時に桂がここに来る。それからお前達は着替えをしておれの家まで来てくれ。お前の衣装はこれだ」
そういって紙袋からは別の風呂敷包みが取り出され、その中味が銀時達に披露される。
「凄いアル」
「本当だ」
銀時に用意されたのは、素人目にも質がよいとわかる薄鼠のスーツで、ご丁寧にシャツに革靴、靴下からネクタイピンなど必要と思われる一式が揃えられている。
「おいおい、こんなの着るの、おれ?勘弁してくんない?」
「何を言うんだ。これくらい当たり前だ。お前は桂の恋人役なんだから」
「銀ちゃんが?」
「銀さんが?」
「おれが?」
「そうさ」
三者三様に、それでも同じ事を声を揃えて言う万事屋メンバーに、乾が吹き出しながら頷いた。
「わけわかんねぇよ、それ。ちゃんと初めっから話してくれ」
そう頼む銀時に、乾は落ち着いた態度で昨夜桂と決めたという一連の計画を話し始めた。
「おれはパーティーが始まる前から会場にいる。なにしろ主催者の息子で影の主役だからな。客が集まり始めるのが18時頃。三十分もすればほぼ全員が集まっているはずだ。だから、お前と桂には19時頃には会場入りしてもらいたい」
乾の話に、銀時は頷くと、その先を話すように促す。
「おれはお前達に気付くとすぐにお前達の方へとんでいく。なにしろおれは桂にとことん惚れているからな」
あくまでも役の設定上の話だというのに、”おれは桂にとことん惚れている”という言葉に銀時は鈍い痛みを感じてしまう。
が、それをおもてに出さない術はそれこそ幼い頃から培ってきている。
だから表面上は平然としたまま再び頷いてみせる。
「おれは、なにかと桂を構おうとする。周囲の人間が呆れるくらいに、だ。お前もその一人だ。桂はお前の連れなんだから、当たり前だ」
「連れ、ねぇ…」
そう呟いた銀時が、自分の役割を呑み込んだらしいと見た乾は、更に話を続ける。
「とうとう居たたまれなくなった桂は先に会場を出て行ってしまう。キレたお前はおれに喧嘩をふっかけパーティーを台無しにして桂を追って出て行くんだ。残されたおれは、意中の人に振られた可哀想な男ってわけだ」
そこで、乾は話を切ると、どうだ?という風に三人を見た。
「でも、それじゃ余計にお見合いの話に拍車がかかるんじゃないですか?」
「そうネ。向こうの思うつぼネ」
「いいんだよ、別に。悲嘆に暮れる傷心のおれは、桂以上の人に出会えるまで独身を貫くと皆の前で宣言する。これで見合いは確実にパーだろ。どうだ?」
あっさりと、しかもどこか得意げな乾に、そこまでやりますか普通、と新八が目を丸くする。
「くさい芝居ネ」神楽にいたってはあきれ顔だ。
その二人よりももっと衝撃を受けているのは銀時で、「あり得ねぇ…」と呟いた。
「そうか、いい案だと思うがな」
乾は相変わらず暢気そうに笑っている。
「人前で振られんだよ、恥かくんだよ?芝居とはいえ、それでいいのおまえ?」
「おれは全然。…不都合があるか、坂田は?」
「や、ねぇけどよ、不都合は全然ねぇけどよ」
「なら、いいじゃないか」
「いいのか…な?」
「ああ、頼む」
信じられねぇ、と銀時は思う。
新八の言い様ではないけれど、正にそこまでするか?という心境だ。
そこまでするなら、玉砕するくらいの覚悟で惚れている女とやらに告る度胸があっても良さそうなもんじゃねぇか…。
ああ、その話も変だったんだ、と銀時は昨夜の話を思い出した。
その女の方を先になんとかするべきだと言う桂に、こいつは「それは坂田が…」と返していたのだ。
あれは一体どういう話だったんだ?
そのまま黙りこくる銀時の様子を、計画への賛成の姿勢と捉えたらしい乾は、よろしくな、と気楽に言うと相変わらず上機嫌で万事屋を出て行った。
去り際に「桂は桂のままでいいからな」、という不思議な言葉を残して。
「…あいつ…訳がわからないネ」
「…うん…そうだね」
「だよな…」
そう思いながらも、誰も乾におれこれを問い質す機会を逸していた。
そうするにはあまりにも皆、あの嬉しそうな様子に毒気を抜かれていた。