「揺風」6



「銀時君いますかぁー」


パーティー当日の夕刻、乾に負けずとも劣らない暢気な声が万事屋に谺した。


昨日と同様、真っ先に駆け出したのは神楽だ。


「ん?どうしたのだリーダーそんなに急いで?」という桂ののんびりした声が、すぐに居間にいる銀時達の耳に届いてくる。


「銀時、まだ着替えておらんのか」


居間に入って来るなり普段通りの銀時のナリを見て、桂が訊く。


「見ての通りだよ。男の着替えなんてあっという間だ。てめぇの方が時間かかんだから、さっさとしろや」


桂はそれもそうだ、と言いながら、乾から預かった風呂敷包みを置いてあるからという新八に座敷へ連れて行かれた。



知ってて銀時のところへ…

こんな馬鹿げた話、鵜呑みに出来るわけ…

おまえのせいでな、桂

…なんでおれのせいだ?

それは坂田が…



「ヅラが着替えてる間に銀ちゃんも着替えるヨロシ」とせっつく神楽に「ああ」だの「もうちょっと後でな」等の適当な返事をしながら、銀時はまたしても一昨日の夜、断片的に耳に入れた二人の会話を思い返していた。


やっぱ、変だよなぁ。



もう何度も同じ結論に達しながら、それでも堂々巡りのようにあの夜の二人の声が耳について離れない。

この二日間というもの、忘れかけてはふとした折りに心の澱から浮上してきては銀時を苛み続けている。

今は考えるな、と何度自分に言いきかせても、気がつけばまた同じ事を考えている自分に気がつくということの繰り返し。

だが、それも後数時間の辛抱だ。

依頼された仕事が終わってから二人に問い質せばいい。


やっとの思いでそう自分を誤魔化すと、銀時は自分に用意された服にその場で着替え始めた。


「銀ちゃん、レディの前で失礼アル。見苦しいもんみせんなヨ」

「レディは人前で鼻くそほじくったりはしねぇんだよ」


神楽の悪態にもいつものように軽く切り返す。

よし、おれは大丈夫。

もう数時間ぐらいは我慢出来らぁ。


慣れないネクタイを締めながら、銀時は一人気合いを入れた。



「なんだ、その不細工な結び目は」


いつの間にか座敷から出て来ていたらしい桂が、お決まりのように文句を言う。

桂は銀時の側まで来るとそっと手を伸ばし、巧みに結び目を解いて手際よく締め直し始めた。

その淀みない動きに、銀時は目を見張る。

「ほら、これでいい」


そう言って笑む桂の笑顔がいつも以上に間近で、目のやり場に困惑しながらも、さっきの手つきはやばいよなぁ、と銀時は考える。

慣れている、ああしたことに。

つい今しがたもそうだ。

桂はたった一人で女物の着物を着てのけた。

これも、慣れ。


普段の店での様子を垣間見せられたようで、銀時は不快になるのを抑えられず、「どうした、黙って。服のサイズが合わぬのか?」と、これまたいつもと変わらずとんちんかんな心配をする桂に、「なんでもねぇよ」と素っ気なく答えるのが精一杯だ。


「ならよいが…。おれは着物が窮屈で叶わん」と桂は憮然とした面持ちで腕組みをする。


そう言われて改めて桂を見ると、店とは違う艶やかな着物を着ている。

女物のことはよく解らない銀時にも上品に思える柄が、ヅラ子の妖艶さを薄め、代わって清楚さを醸し出させている。

着物、というよりも場所に合わせていつもより薄い化粧は、桂の元の色の白さを引き立たせてもいる。


思わず綺麗だ…と言いそうになって、銀時は慌てて言葉を呑み込んだ。

桂は外見とは違い、昔気質の男らしい男だ。

綺麗だ、等と女装姿を褒めようものなら 「男に綺麗さなど必要ないわ!」と鼻で嗤われるか、「侮辱だ」と激昂されるかがオチだ。


だから、銀時もそう言う言葉は一切口に出さない。

むしろ、「おお、ヅラ、なかなかやるナ。さすがは私の子分ネ」「桂さん、本当に良くお似合いですよ」と、素直にそう口に出来る子供達に「騙されんな、そいつは馬鹿ヅラだ」と憎まれ口を叩き、三人から制裁を受ける方を選んだ。


「貴様も、そういう服を着ていればそれなりに見えるのが不思議だな」


と今度は桂が銀時に目をとめる。


「まぁまぁ、あるナ」

「馬子にも衣装と言いますけど、本当ですねぇ」

「ちょ、おめぇら、ヅラと扱いが違わすぎね?」





「では、そろそろいくとしようか、銀時」


四人でぎゃぁぎゃぁと楽しくじゃれている間に時が過ぎて、いつしか万事屋を出る時刻になったと桂が銀時を促した。


「おう」
ところが、今正に二人揃って居間を出ようとした時、新八が桂を呼び止めた。


「そうだ桂さん、乾さんが昨日“桂は桂だ”って仰ったんですが、どういう意味ですか?」


ああ、そうだった、と銀時は桂の方を見た。

何のことだか自分も判らなかったことを思い出す。


「ああ、おれの名前だ」

「知ってますよ?」

「そうではなくて、今日おれが使う偽名だ」

「や、偽名になってませんよ」

「平…乾がな、おれがすぐに”桂だ”と名乗るのを気にして、いっそのこと名前を桂にしてしまおうという事になったのだ」

「はぁ?なに、お前本物になっちまったのか?本当の馬鹿ですか?」

「違う!おれは桂小太郎ではなく、なんとか桂というのだ。桂が下の名前だ。名字などは適当でよい。名乗る必要はないとあいつも言った」

「ああ、そういうことですか。なるほど、桂さんって女の子の名前でいけそうですもんね」

「じゃ、リーダーが命名してやるね!お前は今から泉桂アル!」

「ルージャ!」


神楽お気に入りのドラマの主演女優の名字を与えられた桂は元気よく返事をすると、意気揚々と玄関へと向かった。


「ちょ、待てよおい、まがりなりにも恋人(役)を置いていく奴があるか!」


出陣!という声が響いてきそうな真っ直ぐ伸ばされた背筋に、軽いデジャ・ヴュを覚えながら銀時は、慌ててその後を追った。