「揺風」10
桂が言ったように、銀時にとって全てが明らかになる日は思いの外早くに訪れた。
「銀さん、銀さん」
「なんだよ、新八朝っぱらから、そんなに慌てて。おめぇは八五郎ですか?」
「誰ですか、それ」
「知らねぇの?銭形平次と岡っ引きの八」
「知りませんよ、そんな人達!小銭形平次さんなら知ってますけどね」
「えーと、…誰だっけ、それ?」
「ハードボイルドですよ、ハードボイルド」
「ああ、あれか」
「そんなことより、居間の方に来てテレビを見て下さいよ。とんでもないことになってますよ、INI」
新八に急かされるようにして銀時が報道番組を見せられたのは、スラップスティックなあの一夜からたった四日後の朝だった。
「さて、何から話せばよいのだ?」
銀時たちが事件の概要をテレビで知らされたのを見計らったように、桂はタイミングよく万事屋を訪れた。
「全部だよ、決まってんだろ、全部話せ。てか、吐け」
「テレビを見たのなら、それでもう充分だとは思うのだがな」
桂はそう言って新八の出したお茶に軽く口をつけると、おもむろに話し始めた。
「途中、なにか解りづらい所があれば訊いてくれ。おれの解ることであれば話そう」
銀時、新八、神楽の三人が神妙に頷くのを見て、桂は今度こそ本題に入る。
「乾の親父殿は、天人や幕府の要人と組んで異星間で不正な取引をしておったのだ。それはニュースで聞いておるな?」
三人はまた頷いたが、新八が「その不正というのがニュースだけではよく解りませんでした」と付け加えた。
「使い始めてしばらくたつと自動的に狂い始めるぷろぐらみんぐをした中古のぱそこんを、故意に混ぜてその手の市場に流しておったようだ」
「狂わせるんですか?無理に?」
「そうだ。どれが狂うか、いつ狂うかもわからん。ひょっとしたら狂わないかもしれん」
「それなら最初っから乾んとこのを買わなければいいネ」
「リーダーあくまでも中古品なのだ。めーかーも千差万別、気を付けようがない。しかもその手の品を大々的に扱えていたのはINIだけだ。でぃべーとを受け取っていた幕府の要人達による贔屓のお陰でな」
「じゃ、ちゃんとした新品を買えばいいだけョ」
「本来はそうなのだろうが、潤沢な資金がなくて新しいものだけを導入出来ないところもある。格差というものはどんな星、どんな場所にでもあるらしい」
どこにでも、という桂の言葉に銀時はあの夜訪れた乾の屋敷を思い出す。
確かに、この万事屋とあの屋敷とじゃ、同じ人間が住んでいる家とは思えねぇ。
「で、わざわざそのような不良品を紛れ込ませておいて、市場が混乱した頃にその狂いを修正するぷろぐらみんぐを更に売りつけてもいた」
「マッチポンプかよ、タチが悪ぃ」
その通り、と桂は頷いた。
「一方、天人の方は、狂う予定のぱそこんを意図的にある星に集中的に流すことで、軍事的にも政治的にも優位にたとうと画策していたのだ。全く、いつその矛先がこの星に向けられるかもしれんというのに、INIもとんだ連中と手を組んだものだ」
桂は憤然たる面持ちになる。
「それで、なんでそれがバレたんだ。マスコミにたれ込んだのはおめぇなんだろうがよ」
「平太だ。あいつがまずおれにたれ込んだ」
「乾さんが?」
「あいつの話を聞くまでもなく、元々おれたちはINIを、というよりも戌威族を張っておったのだ。が、中々証拠を掴めずに困っておった。だが、平太の話でやっと裏が取れてな、正直助かった」
「戌威族って、あの大使館爆破事件の時の…ですよね?」
新八の問いにそうだ、と桂は言った。
二人とも、あえて池田屋という言葉は口にしない。
「乾という姓も、あの戌威族に迎合して改名したものだと平太は言っておったな」
「ごますりで名字も変えるのか、すげぇなぁ、おい」
「銀時には前にも言ったが、ごく最近まで百姓は姓を名乗る習慣がなかったのだし、持たない者もいたくらいだ。みんな山本だの山田だの場合によっては源だのと好きな姓を選ぶこともあったのだから、驚くにはあたいせん」
素直に驚く銀時に桂はにべもない。
「結局、乾さんはお見合いだけじゃなく、本当に家業まで壊してしまったんですね」
どことなくしんみりとする新八に、桂が「あいつはずっと憎んでおったのだそうだ。まっとうに生きる者達をないがしろにして暴利を貪ることに専心する親父殿や、親父殿の金の力に負けた幕府の高官たちを。なによりもあの戌威族と手を組んだ挙げ句、自分にも”いぬい”と名乗らせることを強要されたことが耐えられなかったと言っていた」と説明する。
「平太は最初からあの夜に家業や家名を壊すことを決めていたのだ。見合いを壊すというのはあくまでもついでだ。家業が潰れれば、結局は見合いも流れようて。ただ、その機会を利用した方がおれを堂々と潜入させられるというだけの話だ。あやつ、実は端からおれをこの計画に組み込んでいたらしいぞ。ここに依頼に来た日、リーダーがおれの名を出さなければ、自分の方からおれの名前を出すつもりだったと言っておったからな」
「やっぱり、おめぇ、途中で抜けた時になんかやらかしてたんだな」
「そうだ。お前、不思議に思わなかったのか、銀時」
桂に訊かれて、おれは色んな事が不思議ですよーとは言えず、銀時はただ「何を?」とだけ訊いた。
「あのパーティーだ。主催者殿の姿が見えんかっただろう?」
「や、おれあいつの親父さんの顔知らねぇからよ」
「あの騒ぎの途中にで、主催者が驚いておれ達のところにとんでこないはずないだろうが」
「ああ、そういや変か」
変であろう?と桂は続ける。
「あのパーティーは、親父殿の隠れ蓑でもあったらしくてな。派手なパーティー会場に色んな人物の目を引きつけておいて、その隙に別室で密談という寸法だ」
「てめぇの息子の見合いだっつーのによ、やっぱとんでもねぇ親父だな。れ?おめぇ、さっき、元々INI張ってたって言ったよな?」
「言ったな」
「なのに、あれが平太の親父さんの会社だって知らなかったのかよ」
「おれの知る平太の親父さんは気のいい百姓だったのだ。乾などという名字の男と同一人物だなどど夢にも思わんかったわ」
「ああ、そういうこと」
「とにかく、平太の計画通り、パーティー会場はお前のお陰で大騒動。流石にその騒ぎに気付いた親父どの達が慌てて部屋を出た隙に、でーたの一部を失敬してきた。それからそれをこぴーして、新聞社やテレビ局に片っ端から桂小太郎の名前で送りつけてやった。おれの名前はこういう時にだけは役に立つからな」
それにーと桂は続ける。
「平太はどうせ潰すならおれの手で、と思っていたのだと言った。これはあやつなりの攘夷戦争だったのだろうよ」と言い、桂は話を締めくくった。