「揺風」12
「で?」
「で、とは?」
「おれはこの状況を説明しろと言っておるのだ!」
「んだよ、おれが来ちゃまずいのかよ」
「…そういう意味ではないのだが…」
本当に、どうしたというのだ貴様は…桂はそう言いながら、目の前でだらしなく横たわっている銀時のすぐ側に座った。
桂が所用で一週間ほど隠れ家を空けて戻ると、玄関に転がっている見慣れたブーツが目に入ったのがつい先ほど。
滅多なことでは桂の隠れ家に顔を出さない銀時がなぜ?と不思議に思いながらも、
桂は脱ぎ散らかされたとおぼしきそれらをキチンと揃えて、わざとゆっくり家に入っていった。
そうやって時間をとることで、中にいる銀時には桂が戻ってきたことが伝わるはずだ。
部屋に入ると、玄関先のブーツどころではない惨状が待ちかまえていて桂は目を見張った。
そこここに菓子の食べかすが零れ、飲みかけのジュース類やビールの缶が転がっている。
菓子の袋も散らばっているし、コンビニの弁当の残骸もビニール袋に突っ込まれて、
容量を超えているゴミ箱に無理矢理ねじ込んである。
はぁ、と溜息をつく桂にとっくに気付いていながら、銀時は寝転がったままで顔を見ようともしない。
これは何か拗ねている、と察した桂は、銀時が話を切り出しやすいようにとあえて冷たく叱責し、銀時がくってかかるのを待っていたのだが、
返ってきたのはやはり拗ねたような返事だけだったのだ。
「なんでもねぇ」
桂が側に座ったのをいいことに、銀時はそれだけいうと桂の膝に自分の頭をのせて黙りこくった。
「こら、銀時、言いたいことがあるならさっさと言わんか!いい年をして拗ねるな」
「拗ねてませんー」
「思いっきり拗ねておるだろうが!なんだ、この有様は。貴様、ここにどれくらいいた?」
「覚えてねぇ」
「覚えてない、だと?そんなに長い間リーダーを放っておいたのか!」
「夜は帰ってましたぁー」
「昼間は、貴様、仕事は?」
「んー、しばらく休業中」
「休業?」
「そ、誰かさんのお陰で大儲け。あいつらは珍しく懐に入った給料で思い思いの豪遊中。おれも久し振りの長期休暇を満喫中」
「誰かさんとは平太のことだな。お前、あいつと何かあったのか?」
「別にぃー」
「別にぃ、ではないだろうが。貴様がそういうもの言いをすること自体が拗ねておる証拠ではないか」
何があったのか話す気がないのであれば帰れ、鬱陶しいだけだ!と桂は自分の膝を動かして銀時の頭を揺さぶる。
「あいつとなんかあったのはおめぇでしょう?」
「おれ?」
銀時にぼそりと言われても、桂には覚えがない。
訊き返す桂に銀時はやはり答えず、かわりにじーっと桂の目を見てくる。
その眼差しに、まず胸に手を当てて考えてみろということらしい、と桂は理解する。
原因は先ほどの銀時のもの言いで平太にあることはわかっている。
それと関連してどうやら自分に対してもなにか胸に一物持っているらしい。
しかも、声を荒げたりしてストレートに怒りをぶつけてくるのではなく、ただ拗ねている。
嫉妬か…
これしかないな、と桂は断じた。
「お前、平太から何か聞いたのか?」
「聞かれちゃまずいようなことでもあるんですかぁ?」
「…ない」
「嘘」
「本当だ」
「…なんで黙ってたの?」
銀時はただ呟くように言う。
「何をだ?」
「平太に告られたこと」
桂はかすかに呻き声を発し、いつの話だ、と頭を抱える。
もう十年ほども前の話を今更蒸し返されて責められようとは、いくらなんでも想像だにしていなかった。
しかし。
この大きな子供は、一旦拗ねるとどこまでも落ち込み続けるのだ。
仕方のない奴、と桂は覚悟を決める。
「おれに言いたいことがあるのなら全部吐き出せ、銀時」
聞いてやるから、と桂は膝にのせられたままの銀時の頭をそっと撫でた。