「揺風」13



「なぁ、なんで黙ってたの?」


銀時はよほど気になっているらしく、また同じ事を訊く。

そうだなぁ、と桂は腕組みをする。


「戦に行く前だったので気忙しく、失念しておったのかもしれんし、なんとなくバツが悪かったのかもしれん」

古い話だからな、よくは覚えておらぬ、と桂は答える。


「おれさぁ、立て続けにあいつやおめぇから話を聞いてよ、色々なことが腑に落ちたんだ」


それはよかった、と桂は呟いた。


「けどよ、やっぱまだわかんねぇこともあんだわ」

「なにがだ?」

「かまっ子倶楽部で初めてあいつと顔をあわせた時、おめぇちょっと変なツラしたのはなんでだ?」

「…おれが?覚えておらんな。…貴様の気のせいではないか?」

「誤魔化すんじゃねぇぞ、ヅラ。神楽だって気にしてたんだからな。気のせいなんかじゃ絶対ねぇ!」


銀時は身体を起こし、まっすぐに桂を見た。

その目には嘘を見逃すまいとする決意が滲んでいる。


「あのINIが平太の親父殿の会社だと聞いて、ちと…な」

「はい、嘘」

「…銀時…」


「こと攘夷関係に関してはおめぇがどこまでも非情になれることをおれは知っていますぅ。

そんなことで怯んだりするようなヤワな党首様じゃありませんよ、おめぇは。

他にもなんか理由あんだろうが?」


桂は何か言いかけて、銀時の目を見て止めた。


「言えよ、おれはしつこいぞ?」


そう言って銀時は挑むように桂を睨み付けてくる。


桂は観念して目を閉じた。


「おれはただ、困っておったのだ」

「みてぇだな、色んな思いが綯い交ぜになったようなツラだった」


そこで、桂はチラと銀時の顔を見て、また目を閉じた。


「平太と顔をあわせてすぐ、おれは思い出したのだ」

「昔告られたこと?」

「まぁ…そうだな」


そこで小さく息を吐いて、桂は話を続ける。


「INIが平太の親父殿の企業だと聞いて動揺したのは嘘ではないぞ。だが、お前が言う通り、そんなことに怯んだりはせんのも本当だ。 なにしろ実の息子から直々に潰して欲しい、と頼まれているのだから罪悪感も薄い」

「あるんだ、罪悪感」

「あるわ!貴様、おれをなんだと思ってる。そもそも自分は絶対に正しいと頭から信じ込んで、罪悪感の欠片もないというのは、理想云々の前に人としてどうかと思うぞ?」

「そうだな、そうでなけりゃ嘘だな」

「悪いのは上層部だけであって、下で働いている者達は違う。なのに、結果的には彼らの職を奪うんだからな」


その者たちにも家族はいるだろうし、上層部の奴らにしても、関係のないその家族にまで累を及ぼすことになる、と桂は続けた。


「なんでもそうじゃん。本当に悪い奴はトカゲの尻尾切りで生き残るんだよ。そもそも戌威の奴らなんてお咎め無しだろう?大使館員特権があるもんな」

「お前の言う通りなんだがな」


それでもやはりやり切れん時もあるさ、と桂は言う。


「慣れたら人としてダメっておめぇ自分でもさっき言ってたじゃん。辛ぇのは解るけどよ、でも、今回の仕事ではまだマシだったんだろ?」

「あ、ああ…」

「じゃあ、なんで?」


銀時は食い下がる。


「だから、両方だ。昔の話とINIと。一つ一つだとともかく、だぶるでこられるとチトな」

「それだけ?」

「ああ」


まだすっきりとはしないものの、今この件を追及してもこれ以上のことは桂から聞き出せそうもないと銀時は判断して話題を変える。


「じゃあもう一つ。パーティーの時、あいつがまたおめぇに告ったりしたのも、あれも計画の内?」


本当はキスもーと訊きたいのは山々だったが、口にするのも腹立たしく、”も”という一文字に思いを込めて 銀時が尋ねる。


「違うわ!あれはあいつのあどりぶだ。あんなことをおれが予め知っていて了承するとでも思うか?」

「…じゃ、いいけどよ」


口ではそう言いながらも、本当はよくなんかねぇよ、と銀時は腹の虫が治まらない。


「おれも驚いたんだ。言葉も、なにもかもがまるきり同じで、時が止まったのかと錯覚した。そのせいで頭の中が一瞬真っ白になってな、打ち合わせていた科白が抜けてしまった」


桂はそう言って苦笑する。


ああ、あの私には坂田さんが…ってやつか…あれはなかなか迷台詞だったよな……。


科白とはいえ今思い出しても面映ゆいあんな言葉を桂から聞けたのだから、トータルしたらあの仕事は悪くなかったかもしれねぇな、と銀時は幾分機嫌を直し始めた。


「あの”わたしには坂田さんが…”ってのはおめぇが考えたの?」

「平太だ、平太」


決まっておろうが、とさも嫌そうな顔をする桂を軽く叩きながら、そりゃそうだろうなぁ、と銀時は納得する。

昔と一字一句違えずに桂に言ったというあれだって相当こっ恥ずかしいものだったし、あいつ、ああいうの照れないのかねぇ、と可笑しくなる。


二回目、あれを突然聞かされた桂の驚きもさることながら、昔の桂の驚きの方がどれだけ大きかったろうと、ぼんやりと思った銀時は不意にとんでもないことに気付いた。


「ちょっとまて、ヅラ!」

「なんだ。いきなり大声を出すな!」

「おめぇ、さっき”言葉もなにもかもがまるきり同じ”って言ったよな?」


銀時は、桂がうっと言葉に詰まったのを見逃さない。


「その言葉も、の”も”ってのに引っかかるんですけど、おれは」

「あの…それはだな…」


思わず身体を浮かせようとする桂の両肩を押さえ込んで、銀時は正面から桂の目をのぞき込む。


「言えよ、怒らねぇから」


桂はまた目を閉じると、意を決したように口を開いた。

「だから、なにもかもだ」

それだけ言うと口を噤む。


それってやっぱり…


「てめぇ、昔もあいつにキスされてんじゃん!!」

「…ま、まぁ…昔の話だ、あいつに会うまではすっかり失念しておった」

「かまっ娘倶楽部で変な顔してたのも、結局はそれが一番の原因だろうが!」


桂は黙ったまま俯く。


「あー、もう信じらんねぇ!なんでそう言うこと黙ってるわけぇ?」

「昔の話だし、その…なんだ」

「なんだ、ってなんだよ」

「仕事前に、そんな風に貴様を困惑させてはならんと思ってな」

「困惑?困惑なんてしてねぇよ、おれは冷静この上ないですけどぉ!?」


嘘をつけ、と桂は舌打ちする。


「ちょ、なにその態度、おれの知らない所で他の男に唇奪われておいて、その態度はなに?」

「そういう言い方をするな!そもそもあの頃はおれと貴様はそういう関係ではなかっただろうが!」
「だからなに?だったら他の男にそういうことされてもいいんだ?」


すっかり感情的になっている銀時に、桂はほとほと困り果てたとでもいいたげな溜息をついた。


「ほらみろ、こういうことになるのだ。だから言わなかったんだろうが」

「確信犯ですか、失念してたとかいいながら、実は故意に隠してたんですか、テメェはよ!」

「当たり前だ!」


考えてもみろ、と桂は言う。


「そういう事があったと知ったら、おまえは怒るであろうが、今のように」

「あったりめぇだ!」


ついさっき怒らないと言った口で何を言うかーと思いはしたものの、それを今口にしないだけの優しさを桂はまだ保っていた。

なのでそのことにはあえて触れず、「その上で貴様はこうやって落ち込むであろうからな」

今更どうしようもないことでーと言うと、銀時の頭をそっと抱いた。


「それに、おれの初めての…その…接吻の相手がお前ではなかったなどと、貴様、耐えられんかと思ってな…」


その言葉に、今度は桂の腕の中の銀時が僅かに身動いだ。


「ん?」


桂は抱いていた銀時の頭を放すと、なんだ?と訊いた。


「なんでもねぇよ」

今度は銀時が目をそらす。


「言ってみろ、怒らんぞ?」

おれは貴様とは違うからな、と桂は意地の悪そうな笑みを浮かべながら銀時に迫る。


「や、その…なんだ」

「なんだとはなんだ」


いつの間にか立場が逆転していることに銀時が気付いた時には、既に桂の手は刀の柄にかけられていた。


「ちょ、たんま、たんま。言うよ、言います!」


桂が柄から手を離したのを見計らって、「そのずっと前にだな、何回かもう…」と銀時は渋々白状した。


「何回か、とは?」

「その…ヅラ君が寝こけてる時とか、眠ってる時とかにこっそりと…」


や、すんませんでした、と銀時は頭を下げる。


「いつの話だ?」

「えっと…ほんの出来心で…十かそこらくらいから?」

「貴様ぁ、そこに直れ!」

「それこそ昔の話じゃん!怒らねえって言った癖に、嘘つき馬鹿ヅラ!」

「やかましい!貴様にだけは言われたくないわ!」



ぎゃんぎゃん喚きながらの二人の痴話喧嘩は、部屋に入るに入れず待ち続けた挙げ句痺れを切らせて乱入してきたエリザベスが、看板で銀時の頭を したたか撲り飛ばすまで見苦しく続くことになる。



なべて世は事も無し