ソストラダーニエ


「ぅ、あっ……」
銀時をようよう身の裡深くに収めた時、桂が小さく息を漏らした。
また、か。
それは甘い溜め息より苦悶の呻きに似て、銀時の胸を締め付ける。

再開後、渋る桂を説き伏せてーというより半ば強引にー身体を繋いだときから気付いていた。
数年ぶりの房事にしては肌が鋭敏に過ぎ、そのくせ、逸楽にどれだけ痩身を火照らせていながらも、どこか冷たく醒めた翳りが消えないこと。
忘我の境を彷徨いながら無意識に見せる仕草の一つ一つに、銀時の知らないものが多すぎることにも。

今また、桂が声にならない悲鳴を迸らせ、快楽から逃れるようにその身を弓なりに反らせた。開かれた紅唇から艶めかしい声が洩れるのを、十の字に重ねた細い手首が邪魔をしている。 いずれも我が身に覚えのない桂の癖に、銀時は今日もまた手の届かない場所が痛がゆいような、もどかしくも無力な思いに囚われる。 切なすぎるその手を外そうと、銀時がそっと握り込んでやると、桂はこの度も、弾かれたように目を見開いた。
(銀時……おまえか)
驚愕の、次いで安堵の色を浮かべた貌がそう言っている。

「ヅラ」
わざと呼べば、「ヅラじゃない」と機械的に、だが穏やかに返す声に銀時もやっと肩の力を抜く。
良かった。おれの知る桂だ、と。

しゃーねぇ。また仕切り直しといきますか。
努めて意識を浮上させた銀時は、今この時、目の前にいる桂を責めることにだけに専心した。
腹になに溜めってか知らねぇけど、今くらい忘れっちまえ、と祈るように願いながら。
それは偽らざる心情ではあったが、現実から目をそらしたがっているのは紛れもなく己自身で、そんな自分からも逃避したいがためでもあることを、銀時は情けなく思いながらも認めていた。

時化が治まり、凪いだ春の海のように心穏やかに深く眠るはずの桂の、寄せられた眉根が夜目にも悲しく、扱こうとして伸ばした指を、けれど銀時は握り込んでしまった。
こんなことしたって、こいつの抱えてる苦艱なんて消せっこねぇのに……。莫迦じゃね、おれ。
そう思いながらも、一旦握り込んだはずの指の腹を、やはり桂の額にそっと置いてみた。どうやらそれがくすぐったかったらしく、額の皺を更に深めながら不快そうに顔をしかめる桂に 思わず笑みがこぼれる。
なんも知らねぇで、間抜けな面しやがってー
なのに、触れた指の先からゾッとするほどの冷気が這い上がり、それが五臓六腑と広がりはじめた気がして、銀時は慌てて指を離し、顔を背けた。
今やすごすごと桂の隣にもぐり込んだ銀時は思う。
日陰に長く放っておかれた手桶の水のように、 銀時に捨て置かれた桂の心の奥底には、暗く淀んだ澱が幾層にも沈んでいるのではないか?

みんなおれが悪ぃんだけどよ。それでも……。
つくづく身勝手だとは重々承知。それでもなお、およそ現のこととは思いたくない。
ひどい夢の中に彷徨い込んでしまったようなやるせなさを持てあましながら、息を詰めるようにして夜明けを待つ。

今宵もまた、銀時の心の底が泣いていた。




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