「そうだ銀時、貴様、鳥に詳しいというのは本当か?」 それまで縁側に寝そべり、桂が手際良く部屋を片付けるのをぼんやり眺めていた銀時は、思いがけないことを訊かれて思わず起き上がった。 「は。なにそれ?」 「嘴と羽毛と翼があって、空を飛んだり、ちょこちょこ二足歩行するアレだ」 銀時の疑問をどう解釈したものか、桂が真顔で説明する。 「や、それは解ってっから」 「そうなのか?」 小首を傾げる。ちょっと可愛い。が、 「殴るぞ!」 おれをなんだと思ってんだ、こいつは? そもそも鳥に詳しいかと訊いておきながら、その一方で、鳥そのものの説明を始めるなんて、ずれているとしか思えない。 てかなんで、おれが鳥に詳しいとかそういう話になんだよ? 一体全体どこ情報だ、そりゃ。誤情報もいいとこだよ。こいつらの攘夷活動もたかがしれるってもんだ。 銀時はまたごろりと寝ころんだ。 桂はそんな銀時に会話の続行を諦めたらしく、再びせっせと片付けーつまりは宿替えの準備に戻った。 そろそろ日も落ちようかという頃。急な宿替いの割に、ゆっくり手筈を整えられる悠長さの理由は銀時にも察しがついている。 沖田。 どうせまた、ひょっこり遊びにでも来られたのだろう。しかも追い返せなかったと見える。珍しいことに、桂の所作がいささか乱暴だ。沖田はむろん、自分にも腹を立てている証拠。 つまり、話の出所は沖田と考えるべきなのだろう。 なら、と銀時は思い直した。 この話、なにか裏があるんじゃねぇか? 「それってよ、『ダンナなら鳥に詳しいんじゃねぇでしょうか?なにしろ借金取りや閑古鳥に縁が深いお人ですからねぃ』とかなんとか嫌味言ってたって話?」 整ってはいるが、どこか人をくったような顔つきを思い浮かべながら、銀時は桂に探りを入れてみる。 「……全然似ておらんな」 「悪かったな。てか、沖田の発言ってことは否定しねぇんだ?」 銀時の突っ込はスルーして、 「借金取りとかそーゆーのではないのだ。ちゃんとした鳥だ。椋鳥、千鳥、鵯とか…… 丁寧に指折り数えながら呟いていく。 「確かに鳥だな。飛ぶ方の」 「さっきからそう言ってるではないか」 「椋鳥に千鳥だぁ?んで鵯に……」 桂につられ、銀時も口の中で復唱しはじめたがー お、い。 ちょっと待て。 なんだよ、このラインナップはよ!? 銀時は、ここにきて沖田の意図に気付き狼狽えた。 「他は?他にはねぇか?鶯とか、鴨とか、雁ー 「それだ、雁!」と桂が声をあげた。 やっぱり!銀時は確信したが、 「そればかりは書簡のことだったが」 言葉の裏にある意味などてんで知らず、あの小童は意外と物を知っている、なんて褒める桂には開いた口が塞がらない。 違うから! それ、多分たまたまだからね。 沖田がそんなこと知ってるわけねーじゃん、多分だけどよ。 完全にからかわれてんだよ。あのませガキに。 それでも、銀時は沖田にはさほど腹が立たない。元々そういう奴だし、せっかくの揶揄もこの莫迦相手にはあっさり空振りに終わったろうことが容易に察せられるからだ。 より問題なのは、桂だ。 隠された悪意に何も気付かないまま、沖田の思惑通りこんな話を銀時の耳に入れてくる桂の無防備さにこそ腹が立つ。 あー、もう、どうしてくれようか。 「それにしても、あの小童の言いそうなことがよくわかったな銀時」 「てめぇが話振っておいてなんでちょっと嫌そうなんだよ。おれ、あそこまで嫌な奴じゃねぇから」 あんなド変態でもねぇし。 桂は、どーだかと言いたげな顔だ。 「ちょいと思い出しただけだ。実はおれ、やっぱそーゆーの意外と詳しいかもしんねぇわ」 「マジでか?」 んな訳ねぇだろう! 疑え、莫迦! そんな嬉しそうな顔晒してねぇで、さっきまでの話の流れであり得ないってことに気付けやぁぁぁ! 内心の葛藤はおくびにも出さず、 「で、だったらなに?詳しく知りたいとかそーゆー感じ?」 訊けば、桂は、こくこくと頷いて見せた。銀時の誘導に手もなくひっかかったようだ。 はい、言質いただきました! 「取りあえず、だ。手始めに鶯くらいでどうだ?んで、後のはおいおいと」 「確かに鶯も悪くはないな」 またまた言質いただきました! 「だろ?今の季節にはぴったりじゃん。おれはむしろ、なんで鶯が外れてたのか不思議でしょうがねぇくらいだ。まずは、おめぇが鶯について知ってることを聞かせろや」 「なぜだ?」 「もう知ってることを教えてもしゃーねーだろ」 「……なるほど」 「ほれ、聞いてやっから言ってみ?」 「そうだな……春告鳥とも呼ばれるように春をイメージさせる鳥だが、実は秋頃まで声を聞くことがある」 ……マジか。 「古来より、その声の良さを愛でられて多くの和歌に詠まれており、確か万葉集にもー」 「そういう参考書的な話はいーから、もちっと別のこと話してくれねぇ?」 「そう言われてもな……」 「鶯の声について、その辺をもうちょい詳しく」 「二条城本丸御殿や知恩院の鶯張りはどうだ?」 「ちっがーう!!」 「あ、そうか。本丸ではないな。二の丸だ」 「だから、鶯張りってのは、鶯の声に似てる音が出るってだけの話だろうが」 そうじゃねぇんだ、銀時は噛んで含めるように桂に言う。 「もっと、鶯のそのものに注目してくれね?」 「鳴き合わせとか、そういう話か?」 「惜しい!」 「惜しい、とは?」 「いや、基本中の基本だなーと思ってよ」 「すまん、あまり詳しくなくてな」 いやいやいやいや、おれに比べりゃはるかに詳しいから! こっちのぼろが出ねぇ間に、早く言っちゃってくんねぇかな。300円上げるから! 銀時の願いも虚しく、やはり、と桂が言った。 「もう思いつかんな」 「諦めてどーする!?他にもあんだろ!思い出せ!」 「どうした、貴様さっきからなんか変だぞ?」 なんで中途半端に敏感なんだよ。沖田にはあっさり騙されるくせに! 「ヅラ、お前ならやれるとおれは信じてっぞ?」 「意味が解らん」 「いーから、もっとなんか思い出せ!あと一つ二つ、四つ五つあんだろうが!」 「どこまで増やすんだ!」 銀時の言い様に、幾分声と口を尖らせながらも、桂は律儀に考え始めた。 「ひょっとして、笹鳴きとか?」 「そそ、そーゆーんだよ、ほれ、もう一声!」 「谷渡り鳴きとかか?」 「はい、それ!それだ、ヅラ!」 「あのなぁ、銀時。こっちのほうがよほど基本ではないか?」 また小首を傾げる。 やっぱり可愛い。莫迦だけど。 「さすがのおれも笹鳴きや谷渡りならー 「なんでも基本が大事だろ。違うか?」 「……違わないが」 「おれもさ、やっぱいきなりの上級編は気が引けるわけよ」 銀時は、桂の方へ躙り寄った。 「千鳥や鵯越になると、おれもどんくらい保つか自信がねぇし」 二日酔いだし、最近どうも腰の具合がなーとぶつぶつ言う銀時に、 「保つ、とは?」 真っ直ぐに問いかけながら、なんとはなしに及び腰になっているのはさすがと言うべきか。 でも、逃がさねぇ。 銀時は、桂が手に持っていた手文庫を片手でさっと取り上げその辺にうっちゃると、もう片方の手で、空になった桂の手つかみ、身体ごと思い切り引き寄せた。 「なんだいきなり!」 「だから、鶯の谷渡り教えてやろうと思って」 銀時の返答に、傲然とした表情が一変して戸惑いに変わった。 「お前が知ってるのと、沖田やおれが言うのはちょいとばかし違うんだよ。四十八手って知ってっか?」 「……相撲でも取る気か?」 「似たようなもんだな。相撲の方が若干厚着だけど」 「厚着って……お、おい!」 衿元に銀時の手がかけられるにいたって、ようやく現状を把握し始めた桂が狼狽えだした。 口で説明しろ、それで充分だ、と慌てる声を無視し、 「詳しく知りたいんだろ?」 嬲るように言えば、キツく睨めてくる。そのくせ、思わず竦む痩身がいっそう愛おしい。 「…… あぁ……」 強ばる頤のその下、か細い喉に唇を這わせれば、絶え入るような声が漏れた。桂はすでに肩で息をしている。 沸き上がる歓喜と、疼くような痛みが銀時を襲い、嗜虐心が盛大に煽られた。 今こそ強く銀時は欲した。 桂を思うがままに組み敷いて、幾度も幾度も甘い声を上げさせることを。そして、その果てに待つ、失墜の瞬間に上げられるであろう声こそを。 「いい声で啼けよ?」 銀時の暗い想いに、桂が観念したかのように目蓋を閉じた。 長い長い夜がはじまる。 |