ざわざわ 風が樹を鳴らす。 嵐の名残の風が、あたりの木々を激しくなぶっている。 まだ日は高い時刻だというのに、辺りは暗い。 ひぃゅ…ひゅぅう… 梢を渡る風は悲鳴のようにも聞こえる高い音をたて、耳を苛む。 嫌い 嫌いだ、こんな風は。 銀時は静かに腰高障子を閉めた。 そしてもう一度床に潜り込むと、先ほどまでの自分の温もりを探し当てて背中を丸める。 松陽が村人に呼ばれて出て行ったのは半刻程前。 いつもなら散歩がてら途中まで見送りに行くところだが、運悪く銀時はおたふくかぜから完全に回復していないからと早々に床につかされていた。 もう腫れと熱は引いているとはいえ、まだ本調子ではない銀時を一人置いていくことを松陽は躊躇ったものの、村人達だけでは解決出来ない問題が持ち上がったのでと懇願されては仕方がない。 すぐ戻りますと言い置いて 嵐の中をついて出て行ったのだった。 嫌いだ、こんな風。 もう一度独りごちると銀時は身体を横向きに変えて片耳をぎゅっと枕に押し付け、もう片方の耳に自分の人差し指を突っ込んだ。 それでも、風の音はほんの少しの隙間からも入り込むらしく、くぐもった音を耳の中ですら鳴らし続けた。 狂ったように吹きすさぶ風の音は、まるで銀時を四方から追い立てようと迫る人々の咆吼のように聞こえ、心臓を縮ませる。 うるさい! ああ、うるさい! 「うるさい!」 ついにたまりかねて吠えた銀時をあざ笑うかのように風は吹き続けていたものの、叫ぶと同時にさっと布団がめくられた事に驚いて目を開けた銀時は 、眼前にあり得ないものを見て一時とはいえ風の音を忘れた。 「な、にしてんの?」 そこには黒々とした桂の目があって、瞬きもせずにじっと銀時を見ていた。 どうやら銀時の布団のすぐ横に座り込んでいるものらしい。 「見舞いだ」 「見舞いって普通病人の布団をめくり上げたりしないよね?」 「病人は普通うるさい!等と布団の中で喚いたりはせん」 魘されてでもいるのかと思って、様子を見ただけだ。 「あ、そう」 「そうだ」 桂はすぐにめくり上げていた布団を元に戻すと、それきり黙った。 珍しい。 いつもは銀時銀時とうるせぇのに、こいつ、黙ってることも出来るんだ。 感心しながらも、こんな日に限って寡黙な桂に銀時は焦れた。 風の音なんか聞きたくない。 その思いで、銀時はそれこそ珍しいことに積極的に自分から桂に話しかけた。 「いつ来たの?」 「つい先ほど」 「これ、うつるみてぇだけど」 「おれは幼い頃に罹った」 「でもよ」 「先程たまたま先生とお会いした。熱が下がってもう三日経つと伺った。大丈夫だ」 だが、念のため晋助は連れてこなんだ。 そいつは有り難ぇ。 ただでさえ具合の悪いときに、あんな無愛想なむっつり顔で睨まれたんじゃ、余計に具合が悪くならぁ。 「晋助も来たがっておったのだがな」 そりゃおめぇ、先生に会いたいだけだろが! いつもならそう言って桂に突っ込むのだが、今日はなぜかそれが出来ない。 自分が具合が悪いせいではない。 おかしいのはそう、目の前の桂の方だ。 |