こいつがこんなに静かなのは珍しいと、さっきそう思ったのだった。 てっきり自分が弱っているから気を遣って大人しくしているのだろうと考えていたが、どうやらそれだけではなさそうだ。 返事が短すぎる、というかやけに素っ気ない。 そもそも病人に気を遣っている者がずかずかと家の中に上がり込んだ挙げ句、いきなり布団をめくり上げたりするものだろうか? …ねぇな。 「なぁ?」 「うん?」 「おめぇ、なんか変じゃね?」 「変じゃない、桂だ」 「あ、そう……」 そーゆーとこはいつもといっしょね、うん。 どうやら大したことではなさそうだと判断しながら、それでも腑に落ちない銀時は探るように桂をじっと見た。 「変なのは貴様の方だろうに…」 「え?」 その視線から顔を背くようにしてポツリと洩らされた言葉に銀時が目を見開くよりも先に、まだ、辛いのか?と桂が小さな声で訊いてきた。 それでか、とその目は問うていた。 「おれが変?」 「変ではないか」 「どのへんが?」 「くだらん駄洒落に付き合うつもりなどない!」 「や、誤解だからっ!たまたまだから!」 帰る!と憤然として立ち上がりかける桂を銀時は布団から飛び出るようにして押しとどめる。 本当か、とまだ訝しがりながらも、銀時がまだ半病人であることを思い出してか桂も不承不承また元の位置に座り直した。 「おれ、変?」 銀時も桂に言われるがままに再び横になると、もう一度訊いてみる。 「いきなりうるさいだなどと……おれはただ眠っているのか、と静かに訊いただけだったのに……」 そう言うと桂はいかにも不服気に唇を尖らせた。 あー、そりゃ悪かった。 でもよ、それも誤解。 第一、おれ、おめぇがそこにいたのなんて気付いてなかったんだぜ。 松陽先生が勝手に上がって良いと仰ったのだ。一応玄関先では挨拶をしたぞ、と弁解しはじめる桂を遮るように、うるせぇのは風の音だ、と銀時は白状した。 「風?…確かにうるさいが…」 それでも風に吠えるなど貴様はやり変だな、と桂が言うのが小憎たらしい。 「ちげーよ!」 だが、それ以上のことは言えない。 言いたくない。 風の音がかつて周囲から忌避され追い立てられた記憶を心の奥深くから呼び覚まし、自分を苛み続けているのだ、とは。 桂だけではなく、誰にも。 否定の言葉だけを発して、今度は銀時がそのまま押し黙った。 言いたくねぇ。 ……言えねぇ。 それをどう解釈したのか桂はそうか、といかにも訳知り顔で頷くと何を思ったのか「失礼する」と言い銀時に頭を下げた。 おまえまた帰るつもり?という銀時の疑問は、瞬時に驚愕に変わった。 「おま、ちょなに考えてんの!?」 「ん?」 桂は銀時の布団をまた素早くめくり上げると、今度はさっさと潜り込んできた。 銀時の反応にも我関せずとばかりの早業で。 はいぃぃぃ? なに、この子? なんなのこの子? 「耳を貸せ、これで少しは気になるまいよ」 狼狽える銀時をよそに桂は平素と変わらぬもの言いをしながら、銀時の右耳を自分の胸に押し付けるようにして銀髪頭を抱え込んだ。 息苦しいのと気恥ずかしいので当然銀時はもがくのだが、一旦押さえ込まれると桂の馬鹿力にはかなわない。 「聞こえぬか?」 それでもモゴモゴと無駄な抵抗を続ける銀時の左の耳元に、桂の声が降ってきた。 なにが?と訊こうとして銀時はやめた。 桂の言わんとしていることを身をもって理解しはじめていたので… とくん とくん 小さな、それでいて力強い音がリズミカルに聞こえてくる。 ああ、こいつ生きてだんな。 そんな当たり前のことになんだかホッとして、銀時はその音に耳を傾け始める。 決して良い音ではないのに、そのくせ、聞き入るうちに悴けた心を徐々に解してくれるのをうっすらと感じながら銀時は瞼を閉じた。 「もうすぐ本格的に春が来るな」 そう呟く桂の声はそんな銀時に届いたかどうか……。 問題とやらを難なく収めて急ぎ足で戻ってきた松陽が、一つ布団にくるまって眠る子供達を見つけるのはもう少し後のこと。 |