「 蓮 」


ああ、なんか、嫌だ。
嫌な感じがする。
それに、訳もなく苛々しちまう。



ヅラが足をひねった。
俺と連れだって川に遊びに来ていて、足を滑らせたせい。
初めは笹舟を流したり、浅瀬で手拭いを使ってメダカを掬ったりして大人しく遊んでいたのだが、段々とエスカレートして、まだ冷たい川にどんどん入り込み、二人でジャバジャバ水を掛け合ううちに、 藻で草履履きのままの足をとられてしまった。

幸い所詮は川の中だったためにケガらしいケガはせずにすんだし、見た目を裏切る運動神経の良さで、ざぶん!とはならずに踏みとどまったが、それでかえってひどくひねってしまったらしい。
痛めた足には少し濡れただけの袴でも重そうで、川から上がるのもいかにも難儀そうだ。

「ほれ、つかまれ」
「いや、おれはびしょ濡れだからな。貴様まで濡れてしまう」

ぽんと肩を叩いてつかまるように促すおれに、ヅラが首を横に振る。 ああ、面倒くせぇ奴。

「んなこと言ってないで、さっさと上がらないと風邪ひいちゃうでしょ?あとでみんなに心配かけちゃうでしょ?」
「…ん。すまない…」

おれが少し強く言うと、さも申し訳なさそうにヅラが肩に掴まった。
そうそう、それでいいんですぅ。

でも、さすがに余分に体重がかかると、おれもちょっと歩きづらい。
いっそのことーと半分抱きかかえるようにして歩き始めた。

ざわ。
なんかやな感じ。
おれは出来るだけ大股で、しかもバランスを崩さないように気をつけながらゆっくりと河原を目指した。

無事に川から上がってすぐ、適当なところにヅラを下ろして座らせた。

「で、どっちの足よ?」
「ん、左」

左の足を見ても、特に異常はないように見えた。
傷はないことに安心して、次にそっと触れてみて骨にも異常がないか確かめているとー
ざわっ。
まただ。
また、嫌な感じがした。なんなんだ、まったく。

が、そんなことより今はヅラの足だ。
ヅラは唇をかんで声も出さずに痛みをこらえているようだ。かみ締めている唇が常よりもっと赤い。

ざわ……、ざわっ……
ああ、まただ。
また、なんだか苛々する。
どうしよう、どうすればいい?

「どうした、銀時?」
訝しく思ったのだろうヅラが聞いてくる。
「あ、なんでもねぇ。骨には異常がねぇみてぇだ。よかったな」
精一杯平静を装ってこたえるおれ。
「ああ、ありがとう」
そう言いながら、ヅラはひねった足をそっと撫で始める。
細くてしなやかな白い、白い足。

実は、そういった嫌な感じは初めてじゃなかった。
その頃、時折襲ってきてはおれを悩ませていた。
一度襲われると厄介で、なかなか消えてはくれず、長く埋み火のようにおれの胸で燻り続けた。
そんな時はなにをしても無駄で、おれはただじっと、その感情がおさまってくれるのを待つだけという為体でー

「……時、……銀時?」
ヅラのおれを呼ぶ声にはっとした。

「なに?ヅラ?」
「ヅラじゃない、桂だ。どうしたのだ?おまえ随分と不機嫌そうだぞ?」
「おれが?まさか!」
「しかし、ずっと黙りこくって……何度呼んでもこたえぬし」
呼んでた?
おめぇが?
おれを?

「や、怒ってなんかねぇって!」
「なんだか様子もおかしいし」
「……なんでもねぇよ」
おれは必死で否定してみせる。が、
「なんでもないことないではないか!」
「本当に、なんでもねぇんだ」
「……おれが足をひねったことを怒っているのか?」
「そんなことで怒るわけないじゃん」
「では、なぜおれの方を見ようとはしない?」
「あ……」
「やはり、おれに怒っておるのだろうが」
しょげかえるヅラを見て、おれはため息をつくことしかできなかった。

石ででこぼこした河原は普段でも歩きづらいから、と一人で歩けるとごてるヅラを宥めて背負い、 おれはヅラを家まで送るべく歩き始めた。

「銀時ぃ」
そう言うヅラの息が首筋にかかり、またおれを落ち着かせなくなる。
「最近、おまえ変だぞ……」
どこか寂しげにそれだけを言うと、ヅラはそのままおれの背中で黙りこくってしまった。

ーすまねぇ、ヅラ。
おれにもよく解らねぇんだよ。

おれはその感情の奥深くを探るのが怖かった。
探ってはいけないと思ってた。

見ないふりを続けていれば、そのうちなんとかなるかもしれないなんてー
無駄な抵抗だったのに。
気付かないふりを続けいていれば、そのうち消えてしまうかもしれないなんてー

ガキの頃の愚かな俺はそう信じていたのだ。


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