「軋む日常ー銀時ー」
「なんだぁ、ヅラかよ」
いつも通り強がってはみたものの、本心は多分バレバレ。
「ヅラじゃない、桂だ。なんだとはなんだ」
面には不服そうな色を微かに浮かべてはいるが、これもただのテンプレ。いつも通り生真面目に返された言葉も同じ。
迎える側と迎え入れられる側、互いを唯一の観客とするパフォーマンス。
端から見りゃ無意味なことでも、おれらにとっちゃ大事な儀式。
本心を押し隠したまま、それぞれの距離を縮めるのに不可欠な段取り。
これさえすませてしまえば、おれたちの間には弁解も謝罪も、一切の遠慮もなくなる。それがいつの間にかおれらに出来た”お約束”。
「久しぶりだな」
自分で煎れた茶を上手そうに啜ると、ヅラがおれの方を見るでもなく独り言のように呟いた。
思った通り、上がり込んだ早々すっかりくつろいでいる。
「そっか?……そうでもねぇだろ」
そんな様子にホッとしながらも、出来るだけ素っ気なく応える。言外に全く気にしてなかったと匂わせたつもりだが、
無論、嘘。たっぷり二週間も気を揉まされて、おれはもう崖っぷち。なんとかギリギリ踏ん張ってたとこだ。隠そうとしても隠しきれるもんじゃねぇほどに。
だから、おれがどれだけ取り繕っても、多分ヅラは全てお見通し。いつもそうだ。
二週間前、どこへも行かないようにと抱え込んで眠ったはずなのに、気付けば消えていたヅラ。 黙って出て行かれたことにむかっ腹が立ち、そのまま不貞寝した。
放っておいても、どうせその内しれっと顔を出すにきまってんだし。そう、
いつもみてぇによ。
それから三日。
ひょっとしなくてもまだ怒ってんだろうな。
落ち着いて考えてみりゃ、やり過ぎた気はする。けど、おれを怒らせたヅラにだって責任がないわけじゃない。だろ?
幸いああ見えて頑丈な奴だから、傷さえ癒えればー多分。きっと。
更に十日が過ぎて、やっと、やっとヅラが現れた。
んだよ、もっと早く来やがれよ。
抱きしめて懐かしい香りを胸一杯吸い込んだところで我に返った。つまんねぇ白日夢。
やっぱりヅラは来やしねぇ。
ここまで引きずるようなことじゃねぇだろうが!もうそろそろ折れてくれても良くね?どんだけねちこいんだよおまえは。 おれがこれだけ反省してるのにまだ足りねぇってのか、ふざけんな!
……あー、はいはい。おれが悪かったです。ちょいとばかりやり過ぎました! なぁ、もういいだろうよ。そろそろ勘弁してくれよ。
そして、今日。
今度こそ本当にヅラが来た。正真正銘、本物だ。
おれと違って余裕綽々、”久しぶりに貴様のことを思い出す余裕が出来たのでな”とばかりに振る舞っている。が、おれの方もお見通し。ヅラもヅラで実は満を持しての登場だ。
おれの限界を見越して涼しい顔で現れやがったに違いねぇ。そんなとこがむかつく。
けど。来てくれた。いつもと変わらない莫迦ヅラで、それでも手土産持っておれに会いに。
正面に座るのがなんとはなしに面映ゆくて、格子窓の前に陣取った。ヅラの前で机に足を乗せたのは、いくら癖でも拙かったか。案の定咎めるような目でこちらを見ていたヅラと視線がかちあった。
行儀が悪いぞ、とお小言の一つ二つ覚悟したが、綺麗にスルーされた。
美味そうに茶を啜っている横顔はいつもと同じ。それでも消えない小さな違和感。
絹の前髪に白桃の頬、すっきりとした鼻梁もいつもと同じ。そのくせ、おれのよく知るヅラじゃないようで。
長い睫が作る影さえ変わらないのに、やっぱどっかが違う。着慣れて肌に馴染んでるシャツが、のり付けされてパリパリになっちまったみてぇな、もどかしいよそよそしさ。
「なぁ、おいヅラ……」
ん?とばかりに真っ直ぐ見つめてくる穏やかな目だって変わっちゃいねぇ。……それなのに。
「では、そろそろお暇するとしようか」
お決まりの科白の代わりにそんなことを言う。
な、んで?
くだらない話を長々と聞かせておれをウンザリさせねぇの?
一杯茶は不吉なんだろ?そんな爺むさいこと言いながら、もう一杯飲んでいく暇もねぇってのかよ。
何も口には出せないうちに、ヅラはもう立ち上がってやがった。
気がつけば、部屋に一人きり。ろくな会話も交わさずに、ほんの少し触れることさえ許されずに。
まるで白日夢の続きかと疑うほどに儚い時。おまえが置いていった手土産とかすかな残り香だけが、これは現とおれに知らしめている。
「……甘ぇ」
手づかみで口に放り込んだ饅頭の、味はいつもと同じ。
それが、なぜだか酷く哀しかった。
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