「心悸」前編ー高杉とまた子ー



もうすぐ今日が終わる。


その時刻を知らせる携帯のアラームがあたしの部屋に鳴り響いた。

「コシ・ファン・トゥッテ」の”お願い、許して恋人よ”。

自分でも皮肉が効きすぎていると思うけれど、あたしにはお似合いだ。


アラームを止めると、あたしはそのままバスルームに向かう。

念入りに身体を洗うけれど、ボディソープは使わない。

二つのぬか袋を使い分けている。

白い紐で口を縛ってあるもので上半身、赤い紐の袋で下半身を丁寧に拭う。


髪も洗うが、なるべく香りのつかないナチュラル系の物を吟味して用意している。

コンディショナーも。


最後にシャワーを簡単に浴びて、身体を拭き髪を乾かすと、用意しておいた白い夜着だけを素肌に纏う。

夜着にはほんのりと湧水のような清冽な香りの香が焚きしめてある。


全て終えるまでほぼ25分。

そうして、あたしはいつものように残りの5分間で髪を入念に梳る。

これが一番大事な作業だ。


アラームが鳴って30分後、あたしは部屋を出る。

あえてゆっくり歩くのは、あたしが段々と近付いて行くのを感じて欲しいから。


そう、晋助様に。



晋助様のお部屋の前に着くと、あたしは軽く扉をノックする。

きっちり3回。


それからすぐに、あたしは静かにお部屋に入る。

特にお返事はいただけないし、こちらから声を掛けることは一切許されていない。

挨拶の一つだって。


お部屋の中はいつも真っ暗。

目が慣れるまでは何も見えない。

けれどいつだって同じ事の繰り返しなので、あたしは次に自分が何をどこでどうすべきかはちゃんと心得ている。


まっすぐ晋助様の寝所に行き、俯せになる。

そうして、夜着の裾を腰のあたりまで大きくめくり上げてから、右の中指と人差し指をすっぽりと咥え舌を使って舐め回す。

二本の指全体が湿った頃合いを見計らうと、右腕をお尻の方に回し、指を後ろの孔に差し入れる。

まず、中指から。

弧を描くようにゆっくりとねじ込むけれど、最初は流石に痛い。

何回やってもこの感覚に慣れることが出来ず、毎回泪が溢れそうになるけれど、唇を噛んで呻き声を出すのは堪える。

どんな声だってこのお部屋の中では洩らせないから。
酷い痛みに耐えながらどうにか中指がスムーズに動かせるようになると、今度は人差し指も添える。

少し馴染んでいるとはいえ、さっきの倍の太さの物を中に迎え入れるのははやり苦痛だ。

けれど、この「慣らし」に時間をかける余裕はない。

あたしに許されているのはせいぜい数分の間。

懸命にこの動作に打ち込まなければならない。


晋助様の視線を感じられれば、少しは楽にもなるし報われるのだけれど、晋助様はあたしの方なんか決して見ようとなさらない。

暗闇の中でもそれくらい判る。

壁の方を向いてじっと立ってらっしゃるだけ

。そうに決まっている。


出来るだけ息を殺して、どこかにいらっしゃる晋助様の幻を見つめながら指の挿入を繰り返していると、ゆらりと晋助様の影が近づいてこられるのが目に入った。


ああ、来て下さる。

やっとあたしを抱いて下さるのだ。


ただ苦痛でしかない単純な作業から解放され、あたしはひっそりと微笑む。




いきなり押し入ってくる晋助様は二本の指とは比較にならないほど大きくて、あたしの身体は引き裂かれそうになる。

けれど、先ほどまでとは違い晋助様自身に与えられる苦痛は、それだけで充分あたしを幸せにしてくれる。

あたしはただ声を上げないように枕を噛み、全身で晋助様を、その与えて下さる苦痛を感じていればいいだけ。



しばらくの間そうしていると、晋助様があたしの中に精を放たれるのを感じた。

これで終わり。

晋助様はあたしの身体からすぐに離れてしまわれる。

そうしていつもそのままお部屋を出てしまわれるのだ。

まるで、一刻も早くあたしから遠ざかりたいかのように。



あたしには長居は許されていない。

痛む身体をなんとか起こすと、後の始末の一切を素早く済ませなければならない。

股を伝う白濁の液体が晋助様のお床を濡らさぬ内にティッシュで拭い、何枚かをそのままお尻にはさむ。

クローゼットの中から新しい枕とシーツをお出しして交換すると、後は古い方を抱えてお部屋を出るだけ。



「はあっ…」


なんとか自分の部屋にはいると、ティッシュを捨て、枕は部屋の隅に放り投げる。

あたしはシーツだけを抱えてそのまま自分のベッドに潜り込むのだ。


シーツにはうっすらと晋助様の匂いが残っている気がする。


そのシーツに顔を埋めながら、また指を後孔に差し込む。

そこはもう麻痺しているので痛みは感じない。

晋助様の精をからめるようにそのまま何度も指を攪拌すると、今度こそあたしは和毛の奥深くに潜む孔に指を差し入れ直す。


あたしは指の挿入を繰り返しながら、左手で自分の乳房を揉みしだく。

晋助様が決して触れては下さらないそこを、自分で慰める為に。


「あっ、あっあ、晋助様ぁあ〜!」


あたしは小さく声を上げ、やっと果てられる。

そうして朝まで眠るのだ。

シーツに顔を埋め、晋助様の匂いを感じながら。



これが、紅桜の一件の後のあたしの日課。


報われない想いを抱えて、あたしは夜ごと晋助様に抱かれる。


この夜着に焚きしめられた香を纏う男の身代わりにしか過ぎぬ身だけれど、その度にあたしは一人、晋助様への想いを深くつのらせていく。



そう、今夜も。