「今から俺がお前の左手だ」

そう言った言葉に嘘はない。あれは俺の本心から出た言葉。

だが、それだけでは足りないはずだ。

俺はお前の半身にも等しい存在なのだから。


「シュンポシオン」桂の場合



池田屋の事件からあまり日をおかず、あいつの住み処をおとなった。


あまり性急であってはならなかったし、また、日をおきすぎてもいけなかった。

お前に過去を振り返る暇を、それを悔やませる時間を与えなければならない。

俺を恐れ、俺に懺悔し、そして再び俺という存在を切望するに至るまでの時を!

しかし、その時間を長く与えすぎてはならない。


長きにわたって落ち込ませてしまうと、修復できるものも出来なくなってしまう。

すくなくとも時機を逸してしまう。


お前は非常に面倒くさい男だ。

だが、幼い頃から一緒に過ごしてきた俺には、その塩梅を推し量ることなど造作もない。


俺はお前が留守と知りながらも周到に手土産を用意した上で、万事屋へ向かった。


子らさえいてくれれば充分だったが、生憎子どもらもいなかった。

これは予定外だった。

少々思惑が狂わされたものの、巨大ではあるが愛らしい犬が扉を開けてくれた為に俺がわざわざ足を運んだこと、俺からお前に歩み寄ったことの痕跡を残すことは出来た。



宇宙海賊春雨の動きを探っていたのも本当だ。


だが、お前が助けられたのは偶々などではない。

お前は気付いていなかったようだが、お前は池田屋の後からずっと、俺の同志たちに見張られていたのだ。


悪意も殺気もないただの見張り。

追尾する者さえ時によっては数メートルの距離で交代する周到さ。

平和ボケしているお前、過去の亡霊のような俺の出現に想いをかき立てられ始めているはずのお前にとっては、気付く心の余裕などなかったろう。


子供達も監視させておくべきだったと気付いたのは後になってから。

それは今更いっても仕方があるまい。



重傷を負って隠れ家に担ぎ込まれるのはさすがに想定外だったが、良い時期にごく自然な形で俺の姿を見せることが出来て、幸運ではあった。

お前が俺の姿を見て喜んだのは手に取るように解った。

俺は自らお前の左手になると申し出た。


お前は嬉しかったであろう?

お前の全身が一瞬予想外の驚きに強張ったのを、そしてにわかに弛緩したのを横にいた俺ははっきりと感じた。



すぐさま、二人して春雨の船に乗り込み、思うさま暴れた。

その際にお揃いのような変装をさせたのも、連帯感を強める為の小さな工作の一つ。

お前と俺、同じ敵に向かうのに未だ余計な言葉は必要ない。

俺たちにあるのは阿吽の呼吸。

おのおのが好き勝手思いのままに戦うことが互いの助けになることはあっても、決して邪魔にはならぬ。

俺たちは二人で一つ。

共に戦ったことで、頭よりも体がそれを思い出したはず!



種はまいた。


俺はこうしてお前の心の中でそれが育つのを待っている。

もう、左手だけの俺ではもの足りまい?

さぁ、俺を追ってこい、銀時。

おれは未だここにいるぞ!



ゆらりと燭台に立つ蝋燭の炎が揺れた。

冷たい風がすっと頬を撫でる。


どこかの障子が音もなく開けられたようだ。






「跋」

「シュンポシオン」=「饗宴」です。
最初に”半身”をテーマに書きたい、と思い春雨編のお話にしようと決めました。

”半身”というとプラトンの「饗宴」がしか、思いつかない安直な脳なので、 そのまんまつけたタイトルです。