「片孤悲心中」


※桂さんがオリキャラ(個性も何もない影みたいな奴ですが)とチョメってます。苦手な方はご注意下さい。





「狂乱の貴公子」「逃げの小太郎」等という二つ名が膾炙するより前のこと。


攘夷戦争中に、稚児人形だの、白皙の美少年だのあるいは氷の処女だのと おれのことを呼んでいる者たちがいるのは知っていた。

美少年もいただけないが、人形や処女というのはどうなのだ。

おれは今も昔もれっきとした男だ。

ふざけけるのもたいがいにしろ。


みな、重い具足や着物を剥ぎ取った下にあるのが、<直に知りたい>というわけだ。

銀時や場合によっては高杉が、そんな連中の好奇の眼差しからおれを遠ざけようと必死なのも片腹痛い。

おまえ達が知りたがっているもの、守りたがっているものは、うぬらと大してかわらない傷まみれの男の身体でしかないというのに。

それを充分に承知しておきながら、と不快というより不可思議だった。



戦況が日増しに悪化をたどる中、同じ隊の顔ぶれも日々変わっていった。

命を落とす者や、陣に戻らなかった者、重傷を負って戦場から離脱せねばならぬ者が後を絶たなかったからだ。

気心の知れた友人達とて例外ではなく、まず坂本が旅立ち、後を追うようにして銀時も消えた。

高杉は日増しに荒み、奇兵隊を率いて危険な前線へ出陣したっきり。



そんな中、おれたちはいきなり終戦を迎えさせられた。

おれたちのあずかり知らぬ所で、おれたちは負けていたのだ。



戦でのおれの最後の仕事は、生き残った者たちのこれからを考えることだった。


戦争が終わり、堂々と故郷へ戻れることを喜ぶ者。

憤怒し、滂沱の涙を流しながらも終戦を諾々と受け入れる者。


そんな者たちはそのまま落としてやればすんだ。

彼らは新しい時代に迎合できるのだから。


だが、残ってまだ闘いを続けたいと願うものも少なからずいて、そういうものをどうしてやるべきかに、おれは頭を悩ませた。


正直、戦い続けたいのはおれとて同じ気持ちであった。

しかし、幕府が天人に寝返ったことで、情勢がどう変わっていくのか、 それに応じてどう戦っていくべきなのかを見極める必要があると思う程度の頭は働いた。


だから、そんな者たちには時機が来たら必ず連絡を入れると一人一人説得して、それぞれ潜伏先を心づもりさせ、近い内での 新たな決起を誓って別れることとした。


驚き呆れ、抵抗する者、抗議する者と反応は様々だったが、最後には皆を納得させることが出来た。


残党狩りが始まる前に身の安全を確保し、時機が来るまでに力を蓄えておくべきだ、おれはおまえ達をあてにしているので必ず連絡を入れる、と言って。


そうして、落ちる先の都合のついた者から一人、二人と去らせた。


だが、どうしてもおれの側から離れようとしない者がたった一人いた。



坂本や銀時がいなくなってから、まるでおれに影のように付き従っていた男。

彼が何を思い何を願っておれにくっついていたのか、おれは承知しているつもりだった。

おれに対して馬鹿な幻想を抱き、肉欲に支配された愚か者の一人。

そいつはおれがなだめようが諭そうが、声を荒げて叱責しようが、頭を縦には振らなかった。

いつもは呆れる程あっさりと恭順を示すくせに、この度ばかりは頑なだった。


ついに根負けしたおれは、半ばやけになって交換条件をだした。


おれの言うことに従え、そうすると誓うなら、「一度だけ、抱かせてやる」と。

そして、それはおまえの願いでもあったはずだ。


おれのことを愚かしい名で呼んでいた連中に見せてやりたい。


おれはこうしておまえ達の仲間の一人に自らの薄い身体を差し出している。

人形や処女とはまるで違うのだ、と。


自らすすんで情愛のかけらもない行為を受け入れることによって、新たな自分に身も心も生まれ変われるような気がしていた。


さっさとここから新しい闘いの場へと踏み出したい、おまえを帰るべき場所へ帰したいのだという思いを込めてさしのべた手は、 彼の濡れた頬ー意外にも滑らかで、まだまだ幼さの残る少年の頬だったーに触れた。


なにを泣くことがある。

おれはおまえの従順さを得る為に対価を支払おうとしているだけなのに。

彼はやはりどこか幼い丸みをわずかに残した両の手で、おれの肩をつかみ敷布の上にそっと押し倒した。

それから、海藻のように波打つおれの髪を掬い上げ、その束を握りしめたままで、おれのふくらみのない薄っぺらい胸に顔を埋めた。



その行為はおれになんの感慨も、痛みも、むろん喜びも与えなかった。


しかし、最後の心配事の種がおれを受け入れることで、おれから去ることを承知した。

やっと全てから一旦解放される。

今からおれはまた新しい闘いの場に、新しく挑み始めるのだと高揚はした。




未だおれの胸にすがりついて嗚咽を漏らしている身体を押しのけると身支度を調えた。


なぜ、あんな事くらいで自分が変われると思ったのだろう。

そして一体どんな風に変わりたかったというのだろう?

おれは呆れる程にいつも通りだった。

笑い出したくなる程に。

新しい自分など、何処を探してもいなかった。

古いままの自分を丸ごと抱えたまま、おれは一人きりの陣払いをした。



後に、みなとの約束通り攘夷党を結党することになったおれは、かつての仲間たちに連絡を入れた。


大いに喜んで駆けつけてくれた者の中に、あの男の姿はなかった。

一つには、おれが連絡をしなかったから。

連絡場所を知らなかったこともあるし、連絡しようとも思わなかった。


もう一つ。

彼はあのまま、あの場所で死んでいた。


おれの元に再び集った古くからの仲間の幾人からか、その凄惨な死に様を聞かされた。

彼は自刃していた。

己の体中を刺し貫いて。


残党狩りに来た連中が、もぬけの殻の陣中でその男の死骸をみつけたのだと。

少し腐敗がすすみ、軽く触れただけで皮膚が破けるような有様だった為、そのまま捨て置かれたのだ、と。

あまりに不憫に思った近くの百姓が彼を葬ったが、それを罪に問われ厳罰を下されたことが、幕府の無慈悲さを示す格好の たとえ話として流布したため、耳に入ってきたのだ…と、彼は憎々しげに告げた。


おれはあの時生まれ変わりそこなったばかりか、ある意味では戦よりも凄惨な死を一人の男に与えたのだった。


おれを抱くという行為もしくは別れが、なぜ彼にそんな死に方を選ばせることになったのだろうか。

そっとおれの髪をなでた時、はじめての接吻の時には、かすかに震えながらも微笑みを見せた事を思い出した。


ああ、そうだ。

おまえは確かにあの時、おれを純粋に欲していた。


別れの前、身体を押しのるかわりに、抱擁してやるべきだったのかもしれない。

せめて、なにか言葉でもかけてやればよかったのか…?



あっさりと自ら己に身体を許したおれに失望したのか。

そんなおれを抱いてしまった自分を嫌悪したのか。


それとも、それとも……おれが二度と再びその手を取ることがないと知っていたからなのか。



なんにせよ、あいつは、本当におれを好いていたのだろう。

それに最後まで気付かなかったおれが馬鹿だった。


あいつに抱かれてやるべきではなかったのだ。

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「跋」

「狐恋」は万葉集での「恋」の当て字です。

貫肉を匂わせて死ぬ崇拝者と動揺するヅラさんが書きたかったんですが…。