「花泪夫藍」

「……いいか?」
声というより、喉の奥を鳴らしたような響き。

いいわけあるか。
正直、男に犯されるのは真っ平御免だ、ゾッとする。幾度となく身体を重ねてきた相手であっても、それは変わらない。
未だかつてこんな不毛な行為に慣れ親しんだ覚えもなければ、この先もそんなことがあり得るとは到底思えない。にも関わらず、おれは何故このような のっぴきならない事態に陥っているのだろう、と自問したくなるが答えは簡単だ。探すまでもなく、目の前に存在する。
銀時。

確かに仕組んでまで再会を果たしたのはおれの方だった。けれど、おれが欲していたのは白夜叉であって、今の貴様には竹馬の友として以外の感慨もなければ興味もない。 なのに、袖を引かれ、覆い被さるように縋りつかれ、いかにも拗ねたような眼差しで見つめられてしまっては……。
図体ばかりでかいだだっ子のくせに、おれを困らせる手練手管にだけは相変わらず長けているのがむかつく。
今の今まで散々人を好き放題にしておいて、今更なにを?訊くなら人を乱暴にねじ伏せる前に、いくらでも訊くべきことがあったはずではないか。

そもそも「嫌だ」と正直に言ったところでどうなる?言ったら貴様はやめるのか?あり得ん話だ。
おれの知る銀時なら、むしろ嬉しそうに攻略を開始することだろう。「無理」とかなんとか適当なことを 言いながら、顔には恥ずかし気もなくニタニタと下卑た笑みを浮かべるだろう。
「いい」と嘘を吐けば、それはそれで大喜びするに違いない。だが、考えてもみろ銀時。正直で可愛い、などと言われて喜ぶ男がいると思うか?
受け入れるしかない身には、どっちに転んでも同じこと。だから、おれはこたえない。
けれど、いつまでも返らぬこたえを、それでも待つつもりらしく、銀時はいっかな動こうとはしない。無言で見つめ続ける視線が痛いほどだ。やむなく、 軽く頷いてやる。
本当は解っている。銀時がそういうつもりで訊いているのではないということは。けれど、せめて腹の裡で毒づいてでもいなければ、とても保ちそうにない。身体はともかく、 心まで侵されるかもしれないという恐怖には耐え難い。

だから、間もなく身を引き裂かんばかりに押し寄せてくるだろう苦痛は、おれにとってむしろ歓迎すべきものですらある。
快楽に耐えるより、痛みに耐える方が比べものにならないほど容易い。

「力、抜いてろよ」
かつては毎日のように聞いた、飢えたように響く声。
変わらない、何年たっても。
それ以上の感傷に浸る間もなく、下腹部に凝縮された力と熱が押し当てられ、ぬるりとした感触を伴って抉じ入ってくる。一旦気になると、どうしても意識をそこに集中させてしまい、痛みが増すだけなのを身をもって知っていながら……。

「っ……はっ、あ」
予想以上の痛みに脂汗がしたたり、歯を食いしばり押さえ込んでいるはずの声が漏れる。

「だから、力、は抜いとけ!」
切羽詰まった声が降ってくる。
おかしなことだ。おれを気儘に扱って おきながら、追い立てられているのはむしろ貴様だとでもいうのか。
喜悦の滲む顔など見たくもなく、苦痛に歪んでいるはずの顔を見せるの嫌さに、必死に背けようとするのを恐ろしい力で阻止された。

「こっち向けって」
ほとんど懇願に近い命令が下る。
下手に逆らえば、ムキになって力尽くで責めてくるに違いない。渋々向けた目に映ったのは、案に相違して気遣わしげに顰められている眉。
「大丈夫か?」
労りの言葉に偽りはないとばかりに不安に揺れる紅い瞳。
一体どうしたというのだ?
おれの知る銀時とは似ても似つかぬ様子に、胸が締め付けられる。
「大丈夫なわけがあるか!」
のまれてはならないと、乱暴に言い放ったつもりの言葉が掠れた震え声として耳に届いた。
情けない。
思わず噛みしめた唇を開くように促す銀時の唇は熱くて、わずかに涙の味がした。

「……ずっと、会いたかった」
珍しくすとれーとに言われて、おれにどうしろと?
貴様に優しくされるのはもっと苦手だ。
「……気色が悪い」
正直に伝えれば、にやりと笑う憎らしい幼馴染みの背に腕を回し抱きしめた。
驚いて瞠られる目と、次いではらはらと注がれるはずの涙を思い、待つ。

そんな再会後のひととき。

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