「海の水」

「なんだこの手は!」

きっちりと着込まれた旅装束を無言で解き始めた土方の手をぺちりと叩き、桂が咎めた。 真っ向から非難しているようで、その実、どこか面白がっている風でもある。 それが証拠に片眉がほんの僅かに上がっている。常人ならいざ知らず、桂の場合、微笑みーと表現しても差し支えのない、それでいてどこかシニカルな 表情に、土方は(やっと会えた)と思った。

「どうした、何故なにも言わん?てか、その無粋な手をなんとかせんか!」
「るせえよ、なんも言わねぇで三ヶ月も行方をくらますのは無粋じゃねぇのか、ああ?」
「ほう、まさか貴様おれに会えなくて寂しかったとでも言うつもりか?馬鹿らしい」
寂しかった、だと?ンな訳あるか。寂しい程度じゃすまねぇんだよ。
こっちはてめぇが欲しくて欲しくて、気が狂いそうになってるってぇのに、てめぇ独りでなに余裕ぶっこいてやがる!
「……にしても不器用だな、芋」
解けない紐に焦れる様が面白いのか、珍しく桂の声には険がない。
「なんならてめぇで脱ぐか?じっくり見ててやるぜ?」
悠然と言い放ってやるつもりが渇いた喉から出た掠れ声は飢えたような響きで。
あーあ、みっともねぇったらありゃしねぇ。
取り繕うゆとりさえなく、「やはり芋だ」と嗤う口元に土方は食らいついた。


「どうやら三ヶ月、お利口にしてたらしいな」
挿入される異物の圧迫感から、眉間に寄せられた深い皺がそれと告げている。
「おれはいつもお利口だぞ?ひたすら攘夷活動に邁進しておる」
苦痛に顔を歪ませながらも、桂は憎まれ口を忘れない。
「ああ、そうかよ!じゃ、ご褒美、が、い、るよな!」
軽い意趣返しにと、土方はひと思いに身体を押し進めた。
「……っ、くっ……」
最奥を突かれた反動にのけ反りながら、声を堪える様がたまらない。
……あの野郎が執着するわけだ。
なんべん抱いても抱き足りねぇ。
土方は掴んでいる太腿を限界まで広げると、更に奥へと自身をねじ込んだ。
「ぁぁっ!」
やっと零れた控え目な嬌声に気をよくするも、黒い髪を乱しながら揺れる白い身体に絶え間なく煽られ続け、土方の劣情は止まるところを知らない。 長い不在の無聊を桂に知らしめるように、出来るだけゆっくりと酷く愛そうーと決めた。

「き、さま……」
身体の中を執拗に行き来しながらも決して絶頂には導こうとしない土方に、流石に焦れたらしい桂が抗議の声を上げる。
「あ、なんだ?おれがどうかしたか?」
白々しく答えると、口惜しそうに唇を噛むのが見えた。
はっ、ざまぁ、みろ!
まだだ、桂。まだ、早い。
自身も限界に近づきながら、それでも土方は思いつく限りいたぶるだけの愛撫を続けた。
ー足りねぇんだよ、桂。

桂が土方にもらした嬌声はたったひとつ。
快楽に耐える姿に一旦そそられはしたものの、どれだけ執拗に責めても、桂は快楽に耐えるだけ。睦言はもちろん、歓びの声も二度は土方には与えられていない。それが、辛い。
無論、愛されているなどと自惚れてはいない。桂が自分に身をまかせるのは、ひとえにあの男へのほんの軽い意趣返しの一つに過ぎないことは弁えている。
それでもなお、切なく零される涙やあられもなく上げられる嬌声を欲しいと思ってしまう。
白磁の頬を紅潮させ、潤んだ瞳をおがみたい、と。
取り澄ました顔を悦楽に歪ませ、徐々に乱れていくおまえの姿を見てぇんだ!
だから、易々と解放なんざしてやらねぇ。
ーなのに。
「はっ、てめ、化けもんかよ!」
ひっきりなしに押し寄せてくる吐精感に背き続けながら、さすがに限界に近づいた土方は動きを止め、なじるように吠えた。 桂は。
熱の解放をあられもなく請うはずの桂は。余裕とはほど遠い表情をしてはいるが、残酷とも言える土方の仕打ちに音を上げもせず、もどかしさに耐えきっている。
「言いがかりはよすがいい。気にくわんが、主導権を握っているのは貴様だろうが」
淀みなく言い返す余裕さえあるらしい。
「そろそろ逝かせて、やってもいいぜ、かつ、ら?」
どこまでも強気な瞳の輝きに敗北を認めるのが嫌でことさらいきがってはみたものの、我慢もここに極まり、土方は注挿を再開した。
「……偉そうに、こらえ性の、な、い芋……がっ!」
滅多に聞けない桂の息の荒さに、土方から笑みがこぼれる。
「そ、りゃ、悪かったな!」
それを最後の悪態に、土方は内蔵をも抉るような強さで桂の最奥を激しく突いた。
しなやかに背をそらしながら桂が静に果てると、土方もまた桂を追うように昇りつめた。

力なく投げ出された痩身はひたすら愛おしい。汗ばんだ額に張り付いた絹の髪も、小刻みに震える長い睫も。目の眩むような幸福感のただ中にあって、けれど土方は目の前が暗くなるような絶望感にも囚われていた。
慈しむように愛そうが嬲るように責めようが、桂は、土方の欲しいものを何一つくれはしなかった。多分、これから先も。 ただ意地を張り合うようなまぐあいは、確かに自分たちには似合いかもしれない。 それでも、と土方は思わずにはいられない。
こんものなのか。
桂を抱く者は誰でもがこんな風な思いを抱かされるのだろうか、ならば諦めもつくのだが。
ーひょっとしたら……。
奴なら、
かつて桂とともに戦場を駆けたというあの小憎らしい男なら、土方の知らない桂を知っているかもしれない。
独り相撲と一笑に付すには、 ここのところあの男の土方を見る目が剣呑に過ぎはしないか?

「上等だ」
誰にともなく呟くと、着せかけてやったばかりの薄物を乱暴に剥ぎ取った。わずかに眉をしかめたものの、桂が眠りから覚める気配はない。 再びさらけ出された肌の白さに浮かされるように、土方は憎らしい痩躯にのしかかった。


戻る