「生きて帰ってこい、銀時。生きて、必ず」

ヅラはそう言った。
おれの目を真っ直ぐ見て。

ああ、おめぇがそう言うんなら、おれぁ這ってでも帰ってくらぁ。
だから、てめぇも忘れんじゃねえぞ、さっきおれに約束したことを。


_________________________________________何せうぞ....くすんで....一期は夢よ....ただ狂へ

「心契」1

戦に加わって数ヵ月。
すっかりーとは言い難いなりに、銀時と桂、そして高杉の三人は戦場での生活に慣れてきていた。
同郷ということで、みな同じ隊に配属されたのは幸運だった。
初めの頃は、一日が終わると疲弊しきって眠るだけの毎日でしかなかったが、今では互いの部屋に集って言葉を交わすだけの余裕も出てきて、三人は時折幼かった頃のように巫山戯合ったりもした。
そうなると困ったもので、ただ横になって眠るということが一日の最大の楽しみだった頃とは違い、周囲の色んな事に気付くゆとりが出来てしまったと銀時は思う。

日が経つにつれ、どこか荒んでいく高杉の目。
場所が変わっても相変わらず自分に向けられる好奇の眼差し。
なんにせよろくなもんじゃねぇ。
なによりも、桂に注がれる絡みつくような視線。

それらは、押し込めていたはずの思いを思い出させ、銀時を苦しめる。
戦に加わるずっとずっと前から苛み続けてきた思い。

それが触発されるような形で、昼夜を問わずまたぞろ存在を声高に主張し始めてきたのだった。



「おい、桂、お前もこっちへ来て飲め」

久し振りの大勝利に湧いたあの日、いつもはお堅い上の連中が珍しく火を囲み酒盛りを始めた。
敵に居場所を知らせることになるので、夜に火を焚くなどということは普段では考えられないことだった。が、その日、周囲にはもう一匹たりとも天人はいないという自信が火を焚くという行為に表れたらしい。
銀時たち下っ端もなんとかそのおこぼれに預かって陣の隅の方でそれなりに酔い始めた頃、桂にそう声がかかった。
声を掛けてきた男は、日頃何かと理由をつけては桂を側に置いておこうとするような私心丸出しの男で、銀時達は一様に酷く嫌っていた。その目ばかりが大きな様と落ち着きのない視線を揶揄して、みなは陰で蝦蟇と呼んでいる。

「いえ、おれはここで」

そう言って桂が断るのにもお構いなしに、なおも手招きを続け、しまいには焦れたらしくズカズカと桂たちの方に大股で近付くと、その腕を引っ掴んで無理矢理立たせようとた。普段は人目を気にしてかそれほどあからさまな言動は慎んでいたが、酔って箍が外れていたらしい。いつにない強引な遣り方に桂はもちろんのこと、同じ下っ端の仲間達も眉を顰めた。

しかし、生憎とそんな男でもこの隊ではそれなりに重鎮で、若輩者が表立って逆らうことは出来ない。桂もついに観念したのか”大丈夫だ”と周囲に目で伝えると、そのまま引きずられるようにして上の方の連中の所に連れられて行った。


あけすけな歓声に迎えられて遠目にも桂の仏頂面が判ったが、普段から無愛想なので上の連中の誰もそのことには気付いていない。

「けっ、胸くそ悪ぃ」
「口を慎め。あいつ等に睨まれたらとんでもない任務を押しつけられて殺されちまうぞ」
剣呑な色を浮かべ、高杉が吐き捨てるように言うのを聞きとがめた同輩が諫める。

「なんだよ、それ」
「そういう噂だ。邪魔な奴や目障りな奴をそうやって処分してるらしいぜ」
誰かが聞くのに、高杉を諫めた男がひそひそ声で教えてやる。

「まじか?とんでもねぇ話じゃねぇか」と銀時が言うと、
「逆に、気に入られればここじゃ安泰ってことさ」とそいつが答えた。
更に、「いいよな、桂さんは。上の連中に気に入られて。前線に送られることなんかなさそうだ」とどこか羨ましげに言う。

「ま、あれだけ綺麗なんだから、気持ちは解るな」とまた違う誰かが言うと、「そうそう、おれ女の子がいるのかと思って、男だって判るまでドギマギしちまったよ」答える者が出た。

「あ、おれも」
「おれなんかお嬢さんって言っちゃったぜ?」
「おま、命知らずだな」
「しょうがないよ、その時が初対面だったんだから」
「よく生きてたな、お前それで」
「や、死ぬとこだったさ。アッパーくらわされたんだ。2、3日顎ががくがくして物が喰えなくて大変!」
そう言いながら、その男が顎をさすって痛そうな顔をしてみせるので、さすがの高杉も苦笑いを見せた。
そりゃ、災難ーと銀時が言いかけたその時、さっきまで酔っぱらいの騒ぐ声で五月蠅いくらいだった周囲が急にピタリと静かになった。
その異様さに銀時が辺りを見渡すと、みなの視線が一点に集中している。釣られるように同じ方を見ると…。
そこには、話に集中していた銀時達の気付かぬ内に、無理矢理に大量の酒を飲まされていたらしい桂がきっちり出来上がって座っていた。そして、焦点の定まらないトロンとした目で、その手の杯にまだ酒を注ぎ続ける男をぼんやり見ていたのだった。


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