心契 その2

「お、おいあれ…」
誰かがそう言うのを銀時は聞いた。
「桂さん…」と違う誰かが言いかけたが、そのまま言葉が続かない。

酔った桂の様子はどこか儚げで、そのくせ凄艶だった。その潤んだ目を向けられている男など、あまりにもじっと見入ってしまったため、徳利を持つ手を酷く振るわせていた。
誰かが、こほんと咳払いをした音がやけに大きく銀時の耳に響いた。
周囲の誰もが、桂から目が離せないようだ。

最初に動いたのは、無理矢理に桂を連れて行った蝦蟇だった。
蝦蟇はおもむろに徳利を持っている男を押しのけ、桂の手から杯を取り上げると、そのまま自分が干した。
「こんなに飲ませたら、いざという時動けないだろうが。桂はもう寝かせた方がいいな」
もっともらしいことを周囲に言いながら、自分の腕をその細い腰に回し、立ち上がらせようとしている。
「あいつ!」
桂は抵抗する風でもなく、ぼーっと他人事のように蝦蟇のすることを眺めているという風で、焦ったらしい高杉が一つ舌打ちをし、素早く立ち上がった。
「待て高杉、おれが行く」
そのまま桂の方に行きかける高杉を銀時は小声で制した。
「止めんじゃねぇよ、銀時」
「晋ちゃんが行くと死人が出そうだから駄目ですぅ」
殺すぞと言わんばかりの高杉の凄まじい目線を軽口でいなし、周囲の者たちには我関せずの態度を貫くようにと言い置いて、銀時は桂の居る方に大股で歩き出した。
全く、冗談じゃねぇっつーの。


「何か用か、坂田?」
桂をそのまま自分の肩に担ぎ上げようとしていた蝦蟇は、近付いてくる銀時に先ほどの高杉と同じくらいのキツイ視線を寄越した。
その目が、余計なことを言ったらただではおかないとハッキリ告げている。
むかつく蝦蟇野郎め。
おれがそんなのビビるかよ。
「あー、こいつこんな見てくれだけど、案外酒強いんで大丈夫ですから。水飲ませたらシャキッとしますんで」
銀時は出来るだけへらへらと言い、さっと桂を奪い返して腕の中に抱え込むと、高杉に水を持って来るように叫んだ。
その一声で蝦蟇は顔色を変え、高杉は恐ろしいまでのスピードで水を持って駆けつけてきた。途中でよく水を零さなかったものだ、と銀時が感心するくらいに。
「ぶっかけるか?」と、柄杓を構える高杉に「うんにゃ、ちゃぁんと飲ませる」と言って、銀時は高杉に向けてぬっと手を差し出してみせた。
その意味するところが解ったらしく、にやりと笑う高杉から水の入った柄杓をそっと受け取ると、銀時はそのまま水を口に含んだ。
周囲の連中の訝しげな顔を見やりながら、銀時ははおもむろに桂に口づけると、口内にゆっくりと水を注ぎ込んでやる。
その場の空気が冷たく凍り付くのを感じながら、でも、銀時は頭の中で勝利のダンスを踊っていた。

ざまーみろ!誰がてめぇらなんかに触れさせるかよ。

高杉も同じ思いらしく、シニカルな笑みを張り付かせて、みるみる青ざめていっそう蝦蟇に似てくる男を眇ている。
「…坂田…貴様…」憎々しげに蝦蟇が言うのを、銀時はどこか遠いところで聞いていた。
桂と触れ合わせている唇がやけに熱い。水を含んでいるというのに、喉は焼け付くような渇きを覚えはじめた。
やがて。



小さく声が漏れたと思ったら、桂がその黒目がちの目を大きく見開いた。
「れ?銀時?」
「お、目ぇ覚めたか?今部屋に連れてってやっからよ」
桂が自分と周囲の状況に気付いて大騒ぎを始める前に、銀時は桂を抱えるようにして、とっととその場を後にした。


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