心契 その21

なかなか意識を取り戻さない桂の頭にそっと右腕を差し入れると、銀時も隣に寝転がった。
そうしてみて初めて、薄物の着物を敷いただけでは河原の石が背中のあちこちに当たって酷く痛いことに気付く。
この痛みには不平一つ漏らさなかった先ほどの桂を思い出すと、喜びを感じずにはいられない。
いっぱい我慢させちまった。あれや、これやと。
長年の想い人をやっと掻き抱いた悦びに浸りながら、銀時は今日のことを思い出す。
空も白み始めていたので正確には昨日からの出来事ではあったが、銀時にとってはまだ同じ日の出来事だ。長い、長い一日の。

それにしても、と銀時は思う。
ただ想い焦がれていた時には、こんなにも人を好きになれるものかと自分でも不思議だった。なのに、こうやって一度桂を抱いてしまうと、更に愛おしさが増していくのはどういうことだろう、と。
人は、どこまで人を愛せるものなのか。なんだか空恐ろしくさえあった。

けれど―
桂は
桂はどうだろう?
おれの為に、努力するという言葉で友情を愛情に、厚意を好意にすり替えてしまったこいつは?
こうやっておれに抱かれた後も、まだ努力でおれに応えようとし続けるのだろうか?
それとも、もう二度と御免だとおれを忌避するだろうか?

ぞわり。
銀時の背中を嫌な予感がぞわぞわと這い上がり、首筋を舐める。
どうすればいい。
そんなことになったら、おれはどうすりゃいいんだ?
銀時は背中をぶるりと振るわせて、いっそう桂に身を寄せた。

「銀時?」
思いがけず自分を呼ぶ声に桂の方を見ると、眇めて自分の方を見ている視線とかち合った。
「すまねぇ、起こしちまったか?」
「ん?わからん。自然に起きたのかもしれんし…貴様、なにか心当たりでもあるのか?」
「や、ねぇけど…」
「まさか、おれが眠ってる間にまたなにか悪さをしようとしたのではないだろうな?」
「ちょ…悪さっ…て、酷くね?」
「ふん!」
そう言って横を向いてみせる桂の頬が微かに赤い。
それが、昇り始めた朝日に照らされたからだけでないことを銀時は悟った。こいつ、マジ可愛いじゃねぇか…。
「ちょ…朝っぱらからそれはないわ、その顔は駄目!」
「…なんの話をしておるのだ貴様?」
そう言って桂はいつもの癖で小首を傾げてみせる。
おおっ、もう一発駄目押し来たし!
「なんだ、貴様顔が赤いぞ?ひょっとして風邪でも引いたのではあるまいな?」
「や、赤いのはヅラ君もですよ」
ほらここ、ーそう言って左の頬をぺろっと舐める。
「なっ」
さらに頬を赤く染めて、桂が銀時を睨めた。
「だぁかぁら、そんな顔は反則なんですぅ」
「朝っぱらから訳の分からんことを言うな!」
「そうですね、ヅラ君がなかなか起きないからもう朝ですね」
「そ…それは…おまえが……」
「えー、おれがなんですって?おれがどうかしましたか?」
しどろもどろになる桂が愛おしくて、銀時はつい意地悪を言う。
「もう貴様など知らぬ!」
その銀時の一言で桂は耳まで赤くして、今度こそそっぽを向いてしまう。
「ちょ…」
思いきり拗ねたらしく、背中を銀時に向けてしまった桂の、その背中には戦闘で負った生々しい傷が縦横に走っている。
それだけでなく、薄茶色の痣があちこちに無数に散っているのも。桂の背中に当たっていた石の仕業。そして、そこに思い切り押しつけ続けた銀時の。
はっきりと目に見える形で自分の惨さを突きつけられたようで、銀時は今になって狼狽えた。
「…すまねぇ、背中…痛かったろうな…」
銀時はそう言って身体を横向きに起こすと、桂の背中にぴったり張り付いて、宥めるように左の肩を掌で包みこむ。
桂は、銀時の言葉を聞いて呆気にとられていた。
せ・な・か、が痛いだと?
違うあちこちの方がもっと痛いわ!
この男ときたら気遣うところが違っておろうに…。なんと…呆れた……本当に…仕方のない…
そう思うと、身体の奥底から可笑しさがこみあげてきて、とうとう堪えきれなくなり吹き出してしまう。
「ちょ…何笑ってんの?何が可笑しいの?」
「なんでもない、つい…な…」
「真面目に反省してんのに、それはないんじゃない?」
「真面目!反省!」
貴様が、と桂は更に笑いが止まらない。
「おい…なんだよ…この馬鹿ヅラぁ!」
「ヅラじゃない、桂だ」
いつもの決まり文句が小さな笑い声とともにかえってきた。
たったそれだけのことが、銀時の不安を拭い去っていく。
いつまでも肩を振るわせてくすくす笑い続ける桂に寄り添いながら、銀時は思う。

おめぇはいつだって変わらねぇ。そうしてその変わりのなさでおれを許してくれてるんだ、と。

翌日、ほぼ無傷で戻ってきた高杉隊と彼らが連れ帰った援軍を陣で出迎えたのは、銀時と桂、それと幸運にもあの日を生き延びたごく少数の者達だけだった。

これはまだ、戦死した仲間の遺体を探して埋葬するゆとりがあった頃の話。


戻る目次へ