「続・研冷欲生氷」


「貴様、いい加減しつこいぞ!」
銀時の長時間にわたるいたぶりに、とうとう桂がキレた。
最低でも四、五回ーと言ったのはどうも本気だったらしく、もうとっくに朝を迎えたというのに銀時はまだ桂を離さないつもりらしい。

「お、い。聞いっ、あ、ああっ、い、あ……んあ、っあ!」

言葉は勇ましいが、ひきつったように掠れた声で訴えても銀時の加虐心を煽るだけ。
桂の中に収まったままの銀時が急に質量を増し、臓腑を抉られるような痛みすれすれの強烈な快感が桂を襲ったのがその証。

「あ、悪ぃ……」
ともすれば朦朧としそうになる桂にすら、いかにも口先だけの謝罪だと解るほどにその口調は軽い。
こんな無駄な精力を残しておるなら向こうにおればよかったものを。
執拗に嬲られる桂はどうしても恨みがましくなる。
本当に……戻ってこずともよいものを。
なぜ、だ。銀時。



忙しなく喘ぐ桂の、朱に染まった唇が銀時の目に鮮やかに眩しい。
この痩身を深く貫く度、愛しさがいや増していくのは何故だろう。
ぬめる肌の白さに。責め上げる度反る背中のしなやかさに。切なげに洩らされる吐息のしめやかさに、恐れにも似た感嘆を感じずにはいられないのは。

銀時が仲間達の羨望の眼差しを一心に受けながら、界隈一の美妓と誉れ高い夕霧と情を通じたのは昨夜のこと。
噂に違わぬ美女ぶりと巧みな愛戯に我を忘れはしたものの、それも束の間。放った欲望とともに、腕の中にいる女への興味もまた、失せた。
急速に冷める熱に女が唖然とするのをどこか人ごとのように眺め、縋るように伸ばされた手を払いのけるでもなく、ただ影法師でもあるかのように無視した。
初めてとも思える男の冷淡さに遭遇し、屈辱に打ち震える女の貌を、銀時は知らない。
用の済んだ女に向ける関心など、これっぽちも残っていなかった。
むしろ、自分のいるべき場所がここではないことをハッキリと悟り、銀時は身も心も馳せ急いだ。
ー桂の元へ。

ん、ふっ。あっ、……んっ、ぅ、ああっ……。
絶え入るような桂の締泣に、銀時は全身がムズつくような痺れを味わう。
男を歓ばせるための甲高い嬌声より、低く抑えられた声の方が。喜悦より、快楽に流されまいとする哀切が浮かぶ表情の方がよほど扇情的だと銀時は思う。
わざとらしい媚態も、技巧も、銀時をかき立てるには、桂の細い喉から時折まろび出る意味を成さない言葉一つ分にも足りない。
ふるりと震える肩、きゅっと結ばれた紅唇、わななく指先、さらりと流れる黒の絹糸……桂のなにもかもが銀時を陶然とさせる。
女に触れたことでいやまして持て余す劣情をあますことなく受け止めてくれるのは、桂ただ一人。
それなのに。
いくら愛しても満たされないこの想いは?
桂から全てと思えるほど奪い尽くしても癒しきれないこの渇きは?
桂自身ですら埋められないほどに彼を求め続ける己が貪欲さに銀時はおののき、その罪深さから目を反らそうと直向きに桂を欲し続ける。
自分にそうまでさせてしまう桂が誰よりも愛おしく、そして……怖い。
なぁ。なんなの、おまえ?
その身体をどれだけ滅茶苦茶に抱かれ、犯され、放蕩の限りを尽くされてなお高潔であり続けようとする桂に銀時は驚嘆し、畏怖せざるを得ない。
穢しきれないことが悔しくて、寂しいくせに、そんな桂が愛おしくてたまらない。
なんで?
どうすれば汚せんの?
どうすれば全部おれのもんになんの?
銀時のなすがままになりながら、最果てを求めることなく、じっと悦楽に耐えるその姿が憎い。

やっ、あっ、あうぅ、い、あ、あっああ、や……ぁ、あぅっ、あ、ああっ、あ、あ〜〜〜
無理矢理迎えさせられた幾度目かの絶頂についに屈服する姿さえ清冽だなんて。

ありえなくね?
なんなんだよおめぇは。
頽れる四肢を全身で受け止めた温もりが、徐々に銀時の昂ぶりを沈め、その孤独を深めていく。
一人取り残され行き場を失った熱を抱えたままの銀時が、開かれることのない目蓋に唇を落とし、頼りなげな耳朶をはんでも、桂はもうぴくりとも動かない。
手と手を足と足を絡め、首筋に舌を這わせても。
薄紅に染まり銀時を蠱惑する胸の飾りにむしゃぶりついても。
桂はなにも言わない……言えない。
ぞわり。
盆の窪から逆毛が立つような寒気が銀時を襲った。


ぱちぱちと、小さな火が枝を焼いていく。
桂が決して許そうとしなかった火を起こして銀時は、抱きかかえた痩躯にしがみついて震えている。
つい今し方まで、全身が火照るように熱かったというのに。
しとどに汗を滴らせていたというのに。
火など無くともー。

桂のせいだ。
桂が、銀時を一人にしてしまったから。

寒ぃ。
寒じゃねぇか、ヅラぁ。
凍える鼻先を桂の脇下に差し込んで銀時が呟いた。
眼差しをくれ、声が欲しいと未だ眠り続ける桂にねだり続ける。
追いてくんじゃねえよ、馬鹿ヅラぁ。
なぁ、ヅラぁ。
なぁーと……。


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